松樹山、西善寺。大阪府大阪市福島区、真宗興正派のお寺です。

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今月の法話

2020年8月の法話

[8月の法語]

念仏もうすところに 立ち上がっていく力が あたえられる

I say the Nembutsu. I am enabled with the power to continue living.

西元 宗助(にしもと そうすけ)

[法話]

 「今朝も目が覚めましたよ。おはようございます。なんまんだぶ」

  そう言いながらお仏飯をあげ、朝のお勤めをするのが弘子の日課である。お勤めの本はもうボロボロでところどころページが欠けているが、「正信偈(しょうしんげ)」や「讃仏偈(さんぶつげ)」、「重誓偈(じゅうせいげ)」のお勤めは身体が覚えているので、弘子にとってはどうでもいいことだった。お勤めは「正信偈」。

  「きーみょーうむりょーうじゅにょらいー(帰命無量寿如来)」

  弘子は、3歳からこの家で祖父母に育てられた。24で結婚。四人の子どもを授(さず)かったが、夫は35歳で亡くなった。

  「おうじょうあんらっこー(往生安楽国) なんまんだぶ なんまんだぶ」

  お勤めが終わったら朝食。たいていはご飯とお味噌汁とお漬物。

  明後日8月13日が夫の50回忌。

 「明日は久しぶりに子どもや孫たちが帰ってきますよ。もう随分(ずいぶん)と大きゅうなったことでしょう。そいから先月長男の光明が亡くなりました。がんやったとですが、最後はよかったよかったと往生しました。あ、もうそっちで会われとるでしょうけん、もうご存じやったですね。よろしくお願いします。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 

 お仏壇の阿弥陀さまに向かって話をする弘子は、今年で85になる。

  「明日は久しぶりにご馳走ば(ごちそうを)作りますよ。子どもたちの大好きなお刺身とこの田舎で育てた美味しいお米と、お魚のあら炊きも。孫たちには美味しか佐賀牛も買っとこうかね。お魚の食べれん(食べられない)子もいたはず。うちで採れたお野菜もたくさんあります。なんまんだぶなんまんだぶ」

 

 4人の子はそれぞれ都会へ出て、家庭を持ちお念仏を相続して暮らしている。とうとう最後は一人暮らしになった弘子である。

  「子どもたちも滅多なことでは帰ってきませんよ。普段は連絡もなかとです。子どもは親のことは忘れ通しですね。私も自分の調子の良かときは忘れとりました。お恥ずかしい。ついつい愚痴(ぐち)も出てくるとです。なんまんだぶなんまんだぶ。でも子どもたちが帰ってくるとは、やっぱり嬉しかですね。顔ば見ただけで、ああ良か人生ば送らせてもらったと思います。苦労はいろいろあったばってん(けれど)、阿弥陀さまのご苦労ば聞かせてもらって、かわいか孫ば見たら、自分の苦労なんか吹っ飛ぶんやけん(吹っ飛ぶのだから)。あなたが早う死んだとも、手ば合わせる生活ば子どもたちに教えるためやったとですか?私が母の死から教えられたように、あたりまえのものなんかこの世の中にはなんもなか、ありがとうば大切にしんしゃい、なんまんだぶば大切にしんしゃい、そういうご縁をくださったんかもしれませんね。言葉やなくて、私たちの人生そのもので、感謝の日暮らしにお育ていただきました。ありがとうございます。なんまんだぶなんまんだぶ」

  弘子はこの歌を口ずさみながら掃除をするのが大好きだった。

 

ひとりじゃなかもん み仏と いっしょに朝食いただいて

 ひとりじゃなかもん み仏と よもやま話に花さかせ

 ひとりじゃなかもん み仏に 不平も愚痴も話します

 ひとりじゃなかもん み仏は 笑ってうなずきなさいます

(「ひとりじゃなかもん」作詞・佐藤キナ、作曲・田中美根子)

 

 家中を掃除して、お仏壇を掃除して、打敷(うちしき=仏具などの敷物)をかけて、お花を生けて、お灯明(とうみょう=神仏に供えるともしび)を用意して、きれいにお荘厳(しょうごん=仏壇をおごそかに飾ること)。そんな弘子が仏さまを見上げると、こころなしか仏さまは、笑っていらっしゃるように見えるのだ。

 

荻 隆宣(おぎりゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎いったん収束しつつあった新型コロナウイルスの感染拡大ですが、7月上旬頃から東京周辺・大阪周辺など大都市を中心に新規感染者数が増加しています。現在(7/31)は一日あたり1500人を超えるようになっています。こんな時こそマスコミ報道やネット情報によって不安や怖れをあおられることのないようにしなければなりません。今起こっていることを、希望的観測や憶測を抜きにしてしっかりと把握し、感染予防の基本(「相手と身体的距離を確保すること」「こまめな手洗い」「マスク着用・咳エチケット」「3つの密を避ける」等々)を常に心がけることが必要であり、それが結局は安心につながっていくように思います。お盆の月でもあります。何卒ご自愛くださいますようお念じ申し上げます。

合掌

2020年7月の法話

[7月の法語]

人間は死を抱いて 生まれ 死をかかえて 成長する

We human beings are born with death, and grow up dying in ourselves.

信國  淳(のぶくに あつし)

[法話]

 「人間は死を抱いて生まれ、死をかかえて成長する」(『信國淳選集』第六巻「第一部浄土」柏樹社)しかし、ともすると私たちはこの事実を見ようとしない。信國淳(のぶくにあつし)先生はこの言葉について、「仏教では人間のことを「生死(しょうじ)するもの」と言っているが(中略)私どもの生きることそのこと自体が、(中略)一つの解決を要する課題として、私どもに与えられている」と表現している(同書より)。

 

 人間は、生を求める心で死を恐れ、若さを誇(ほこ)る心で老いを嫌い、罪なき清らかな自分を求める心で穢(けが)れた自分を憎(にく)んで生きている。その人間の不安、苦悩はどこで超えられるのか。

 

  信國先生は「真実の救い」は、「私どもが邪魔ものにする自分の存在の不安と、不安をなくそうとして迷うその迷いとをこそ当の縁として、私どもに私どもの外から来る」「音連(おとづ)れ」、「私自身に呼びかける言葉」である、と教えてくださっている(同書より)。

 

  私が信國先生からの「音連れ」「呼びかける言葉」に出遇(であ)ったのは、今から五十年近く前のことである。汚れた醜(みにく)い自分をもてあまし、もう一度生きることを学びたいと、大谷専修学院に入学した。そこに七十歳間近の信國先生がおられた。毎週一度の「歎異抄(たんにしょう)講義」は机を叩(たた)くように獅子吼(ししく=仏の説法。獅子がほえて百獣を恐れさせるように、悪魔・外道 (げどう) を恐れ従わせるところからいう)された。

 

  学院生活が終わろうとするレポート面接の場であった。学院では毎学期、自分の課題と学んだことを記し、先生方と面接する。私はその中で、「私のような自分だけのことしか考えないような者は、この場にいる資格がない」と語った。その時、「宮森君、君は自分さえ自分から締め出そうとするんだね。学院はそういう君も受け容(い)れるんだよ」と、先生はポツリと語られた。その言葉はいのちの底に響(ひび)き、私は思わず声をあげて泣き出した。と同時に、宇宙よりも広い光り輝く世界、どんな者もそのまま受け容れ、そのまま愛する世界がある。その世界こそ本当に在る世界だと、体全体で感じていた。自分も生きていいのだと、初めて生きる希望と勇気が生まれてきた。そして、「ああ、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の念仏の教えとはこんなにも深いのか、一生かけて教えに学んでいきたい」と、新たな出発の時をいただいた。

 

  しかし、それは穢土(えど=迷いから抜けられない衆生 (しゅじょう) の住むこの世。現世。娑婆 (しゃば) )ならぬ浄土(じょうど)という新たな世界の感得ではあったが、人生を生きる新たな自己は見えないままであった。私は、「人間の誠実さ」を唯一の拠(よ)り所として、人を傷つけた自分を責め、窒息(ちっそく)しそうに生きていた。ある時、高史明(コサミョン:1932~ 小説家)先生をとおして、「自分をギリギリ責めるのではない(そこには真実はない)。煩悩具足(ぼんのうぐそく=煩悩で満ちている)の凡夫(ぼんぶ=愚かな人間)のままで(あなたがあなたのままで)生きていける一本道がある。念仏の一本道だ」という声が聞こえてきた。それはどんないのちも尊ぶ浄土から届けられた言葉であった。いのちを生きる一筋の道があると感得された。

 

  信國先生は「「念仏」こそ、私どもがそこで自我意識から開放され、真実の本来の自己に遇(あ)うことのできる「無」の一点であり」、「私どもは念仏に遇わぬかぎり、自我意識の世界に止まっているほかはない」と教えてくださっている(同書より)。

 

  私たちは、浄土の世界からの「音連れ」、呼びかけをいただく時、初めて「自我」が照らされ、「自我」に迷わされなくなる(「無」の一点)。私も、釈尊(しゃくそん)、親鸞、信國先生と伝統された真実の教えの一端にふれさせていただき、今も高校生や有縁(うえん)の方々と共に学ぶことを願って歩ませていただいている。

宮森 忠利(みやもりただとし)

1947年生まれ。小松大谷高等学校非常勤講師。 大聖寺教区專光寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

○非常事態宣言が解除されて一月余り経ちました。町中も学生さんの姿を見かけるようになり活気が戻って来つつあります。また政府の勧める「新しい生活様式」も少しずつ浸透しているように思われます。どれくらいの期間になるのかはわかりませんが今しばらくは感染防止を常に意識して生活する心構えが必要だと感じました。これから本格的に気温が上がる中、マスク着用も場面に応じて使い分けるなど熱中症に十分注意してお過ごしくださいますようお念じ申し上げます。

 

2020年6月の法話

[6月の法語]

人が何よりも 執着(しゅうじゃく)せんとするものが 自己である

It is the self among all things that we most adhere to.

毎田 周一(まいだ しゅういち)

[法話]

 父、清の葬儀を終え、片づけ終わった仏間で大輔はひとり考えにふけっていた。父の人生はいったい何だったのか。母は父を称して「何もない人」と言っていたという。仕事もない、お金もない、話もしない、愛情もない。何よりも父は世間と関わろうとしなかった。母は実家から帰ってくるように言われ、大輔を家に残すことを条件に離縁が成立。すぐに母は近くの別の男性と再婚した。祖父母からは母を見かけても声をかけるなと言われ、母も大輔を見て見ぬふりして通り過ぎていった。

 

 働かない父のかわりに祖父母は休みなく働いた。大輔が高校を卒業できたのも祖父母のおかげだ。何もない父だったが、唯一、口に念仏を称(とな)え仏壇での朝晩のお勤めだけは欠かさなかった。それは亡くなる直前まで続いた。祖父母は父に対して、お念仏さえ忘れんかったらそれでええと、父を責めるようなことをしなかったが、大輔は許せなかった。「念仏が称えられるんなら働け、仏壇に参れるんなら仕事へ行け。うちが貧乏なのはおまえのせいじゃ。俺に母さんがおらんのもおまえのせいじゃ。俺の母さんを返せ、念仏称えられるんなら、今すぐ母さんに謝れ」と泣きながら父に訴えたこともある。それでも父は反論もせず、ただただ念仏を繰り返すだけだった。

 

 近所へ葬儀のお礼にでかけていた伯父が帰ってきた。大輔の息子の大樹も一緒だった。伯父は「おまえたちに話しておきたいことがあるんじゃが、ちょっとええか」と父のことを話し始めた。

  「清があんなんで、おまえらには苦労をかけてすまんかった。戦時中、清が小学生の頃、お寺の鐘つき当番になったことがあっての、根が優しく、仏さまのことが好きで熱心に日曜学校へ通ってたもんじゃから、清はそれを楽しみにしとった。ところが金属類回収令いうのが出て、お寺の鐘も出すことになった。そのときやって来た憲兵が村中の者を集めて、お国のために戦うんが国民の使命であり、神様仏様もそうオススメであると言うたんじゃ。ところが清がそれは嘘だと言い始めた。仏さまは人を殺せとは決して仰(おお)せにならんと反論しての。憲兵はおまえが間違っている謝れと言うたが、清は兵隊さんが嘘をついちょると言い張った。顔を真っ赤にした憲兵は、根性を叩(たた)き直すというて、気を失うほど清を殴ったんじゃ。今なら清が正しいとみんなが言うたじゃろうが、当時は軍の言うことが絶対。清をかばう者は誰一人おらんかった。親も兄である私も清を守ってやれなんだ。清はそのとき、仏さま以外この世には何一つ真実がないことがわかったんじゃろうな。あの日を境に、清は嘘だらけのこの世に対して心を閉じてしもうた。許してくれの大輔。おまえが苦労したんは、清を見捨てたわしらのせいじゃ。本当に心痛させたの」

 

 大樹は伯父の話を聞き終わって、「じいちゃんの具合が悪かったから言えんかったけど、前から結婚したいと思ってる人がいる。いずれ山口にも一緒に帰るから」と言い残して東京へ帰って行った。初めて聞いた父の昔のこと。真実を知らず、ただ自分の幸せに執着し、思い通りにならないことをなんでもかんでも父のせいにして責めた大輔を、父はどう感じていただろうか。間違っていると殴られて、どれほど悔しかったか。もうやめてくれと飛び出して行きたかったろう伯父も、どれほど悔しかったか。祖父母が父のすべてを許していたのは、そういう意味だったのか。何よりも一番痛かったのは父を殴った憲兵ではないか。戦後どれほど後悔の念を持ってその憲兵は生きただろう。嘘までついて戦争をする人間の愚かさを示すために、父は一生をかけて訴えたのかもしれない。

  大輔の手の甲に淡い光がフワリととまった。6月の蛍は優しかった。

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

[註]毎田周一:1906年- 1967年、日本の仏教思想家、詩人。金沢市出身

 

   執着(しゅうじゃく):(仏教では「しゅうじゃく」と読む)一つのことに心をとらわれて、そこから離れられないこと

 

○先月全国で非常事態宣言が解除され、新型コロナウイルスの感染拡大もようやく落ち着いて参りました。ただ今後の感染拡大を防止するために引き続き日常生活では制約が続きそうです。何かとストレスを感じる場合も多いと思います。どうぞご自愛くださいますようお念じ申し上げます。

今回の法話は生前は最期まで理解することのできなかった父親の事実を葬儀後に初めて知った大輔の心情で締めくくられています。「人が何よりも執着せんとするものが自己である」という真実に気づかされるにはこれほど厳しい思いをしなければならないのかと感じました。そして、その真実は「お念仏」が伯父さんを通じて大輔に気づかせたのではないだろうかと思えた次第です。

                       合掌

2020年5月の法話

[5月の法語]

 

いだかれて ありとも知らず おろかにも われ反抗す 大いなるみ手に

Though embraced, I do not realize it. Foolishly I resist the compassionate hand.

九條 武子(くじょう たけこ)

[法話]

 関東大震災の折、九條武子(くじょうたけこ:[1887~1928]歌人。京都の生まれ。西本願寺の大谷光尊の次女)は、自身も被災者でありながら、負傷者や孤児の救援活動に当たられました。

 

 九條武子は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えに基づいた教育活動や救援活動に尽力された方です。その活動の最中(さなか)には、阿弥陀如来(あみだにょらい)や親鸞聖人への信順(しんじゅん=教えを信じ順(したが)うこと)以上に、「どうして人間はこれほどまでに苦しまねばならないのでしょうか」という迷いや不審(ふしん=疑わしいこと。はっきりわからないこと)が彼女の心を覆(おお)うこともあったことでしょう。

 

  そのことを思う時、親鸞聖人の姿が思い起こされます。親鸞聖人も念仏をよりどころとしながら、時には心揺(ゆ)らぐことがありました。越後から関東(茨城県)の地へ向かう道中、天災や飢饉(ききん)に苦しむ民衆の姿を目の当たりにしました。苦しむ人びとの救済のため、佐貫(さぬき)の地で「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」の千部読誦(どくじゅ=声を出して経文 (きょうもん) を読むこと。読経 (どきょう) )を思い立ちます。しかし、読誦を始めて四、五日経った時、自分のしていることに疑問をもちます。「阿弥陀如来にすべてをおまかせし、ただ念仏の教えを法然上人(ほうねんしょうにん)よりいただいたというのに、自分の思いはからいで念仏を称(とな)えていた......」。親鸞聖人は「浄土三部経」の読誦を中止し、その後関東へと向かわれました。

 

  「阿弥陀如来より大いなる慈悲(じひ)をいただいているのに、これ以上何を求めようというのか」。親鸞聖人は、阿弥陀如来を信じると誓いながらも疑義が生じた自身の心に迷いを感じました。九條武子も救援活動を続ける中で、親鸞聖人と同様の疑問や迷いを感じられたことでしょう。

 

  成長過程において「反抗期」と呼ばれる時期があります。けれど、「反抗」とは、親の目から見ての言葉です。子どもにしてみれば「反抗」ではなく「自己主張」であり、成長過程において欠かせない時期です。九條武子が「われ反抗す」と表現した自身の姿は、阿弥陀如来の眼(まなこ)には衆生(しゅじょう)の自己主張に見えたことでしょう。悩み苦しみの中にありながら「わたしはここにいます」と自己主張している衆生の声を聞き、阿弥陀如来は憐愍(れんみん=かわいそうに思うこと。あわれむこと)してくださっています。

 

  宗教の信仰・信心といえば、「私は、あなた(本尊(ほんぞん)や信仰対象)のことをこれほどまでに信じています」と、一般的にはその本気度や深化が求められます。けれど一方で、「私はあなたのことを信じています」と、自分を疑うことなく言えてしまうことの恐さもあります。

 

  真宗の信仰・信心は、大いなるみ手(御手)に反抗する自覚をとおして、阿弥陀如来と出遇(であ)えるということがあります。「反抗」の自覚は、「おろか」な私の自覚です。そして実は、大いなるみ手にいだかれてあることの自覚でもあるのです。

 

  東京の築地本願寺境内(けいだい)の「九條武子夫人歌碑」には、彼女の歌が彫(ほ)られています。

 

おおいなる もののちからに ひかれゆく  わがあしあとの おぼつかなしや

 

 「自身で振り返る人生の足跡はおぼつかないものだけれど、他力(たりき)に導かれた生涯でした」。反抗をとおしてこそ紡(つむ)がれた言葉です。親鸞聖人の「恩徳讃(おんどくさん)」に感じられる懺悔(さんげ=自分の過去の罪悪を仏、菩薩、師の御前にて告白し、悔い改めること)と讃嘆(さんだん=仏や菩薩などの徳をほめたたえること)の響(ひび)きがあります。

白山 勝久(しらやまかつひさ)

1971年生まれ。東京教区西蓮寺候補衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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◎この度の新型コロナウイルス感染症によりお亡くなりになられた多くの方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、罹患されている皆様に心よりお見舞い申し上げます。さらに、特に高い感染リスクにさらされながらも懸命に治療・対策に当たられておられる医師・看護師をはじめとする医療従事者の方々に深く敬意と感謝を表します。

 大変な状況が続いていますが必ず終わりは来ます。今は何卒ご自愛くださいますようお念じ申し上げます。                          合掌

2020年4月の法話

[4月の法語]

お念仏というのは つまり 自分が自分に 対話する道

The nembutsu is the path by which I converse with myself.

曽我 量深(そが りょうじん)

[法話]

 「帰命無量寿如来 南無不可思議光 法蔵菩薩因位時......」 (「正信偈」  )

  坊守も好華も帰りが遅くなるって言ってたから、今日のお夕事は一人でお勤め。今日は4軒のご法事を勤めさせてもらいました。一日に4軒のご法事があるなんてめったにないこと。さすがに少し疲れたかな。

 

 「本願名号正定業 至心信楽願為因 成等覚証大涅槃......」

  お勤めは仏徳讃嘆。こうやってお勤めするってことは、仏さまのお徳をほめ讃(たた)えさせてもらってるんだよなあ。

 

 「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉回入......」

  そういえば好華のやつ全国大会出場が決まったって言ってたなあ。高校のESSクラブに全国大会があるなんて知らんかったなあ。どうやって勝敗決めるんやろ。当然全部英語だよなあ。きっと大会を観に行っても何しゃべってるんだかわからんよなあ。全国から英語の得意な高校生が集まってくる大会かあ。そんな高校生と、こんな山口の田舎の高校生が相手になるのかねえ。

 

 「一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 仏言広大勝解者......」

  そういや「おめでとう」の一言も言ってないなあ。

 

 「弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生 信楽受持甚以難......」

  なんて言ってほめればいいかなあ。「よくやった、英語上手くなったなあ」って言えるほど聞いてないしなあ。まあ「よかったね、おめでとう」ぐらいだよなあ、言えても。

 

 「宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽 顕示難行陸路苦......」

 人のことほめるって難しいなあ。50年間生きてきたけど、いったい人のことどれぐらいほめたんだろう。好華のことほめるのも、あっという間に終わりそうだよなあ。

 

 「得至蓮華蔵世界 即証真如法性身 遊煩悩林現神通......」

  ちょっとまてよ。人の悪口って、今までどれだけ言ってきた?

 

 「惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃 必至無量光明土......」

  悪口はめちゃくちゃ言ってきたよなあ。だってついこの前もお酒の席で◯◯の悪口を散々言っちゃったし。え~と30分。いや一時間ぐらいは平気で悪口言った気がする。ほめるのはちょっとしか出ないのに、悪口だったらいくらでも出てくるんじゃ。

 

 「極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩鄣眼雖不見......」

  悪口だったらいくらでも出てくる私が、いまこうしてご法事のご縁をいただいているからこそ、仏さまをほめ讃えさせていただいているんだなあ。尊いお育てをいただいているんだなあ。

 

 「なーもあーみだあぁんぶ なーもあーみだあぁんぶ」

  しかし悪口言わないほうがいいってわかってても言っちゃうよね。

 

 「なーもあーみだあぁんぶ なーもあーみだあぁんぶ」

  ほめられて嫌な人なんていないよねえ。だってその人の居場所を作っているのと同じことだもんなあ。でもそれもなかなかできない。なぜだ。どうして悪口はいくらでも出てくるんだ。

 

 「五十六億七千万 弥勒菩薩はとしをへん......」

  悪口を言うってことの裏返しは、自分は悪くないって主張をしてるんだろうなあ。悪いのは私じゃない、あの人が悪いって。そうして自分で自分の居場所を作ろうとしているんだろうなあ。

 

 「真実信心うるゆへに すなはち定聚(じょうじゅ)にいりぬれば......」

  阿弥陀さまがすでに私の居場所を、ご用意くださっているのに。阿弥陀さまがご用意してくだっている居場所、正定聚不退(しょうじょうじゅふたい=まさしく往生することが決定した人々)の位になんの不満があろうか。なのに、なお人の悪口まで言い自分の居場所を作ろうとする私なんだよなあ。

 

 「五濁悪世(ごじょうくあくせ)の有情(うじょう)の 選択(せんじゃく)本願信ずれば 不可称不可説不可思議の 功徳は行者の身にみてり」

 仏徳讃嘆させていただきながら、我が身の罪深きことを知らされるのも、阿弥陀さまの功徳のおかげだなあ。

 

 「願わくはこの功徳をもって 平等に一切に施(ほどこ)し

 同じく菩提心を発(おこ)して 安楽国へ往生せん」チーン

 

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

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2020年3月の法話

[3月の法語]

本当のものが わからないと 本当でないものを 本当にする

When you don't understand the real thing, you take the unreal the real.

安田 理深(やすだりじん)

[法話]

 この言葉の後は、安田理深(やすだりじん:1900~1982 仏教学者、真宗大谷派)師の『講述「化身土(けしんど)巻」』(東海聞法学習会)の中では次のように続いています。

 

仏智(ぶっち=仏の円満な智慧)がわからないと、それならやめておこうというわけにいかない。仏智がわからんと、今度は理性を仏智にする。こういうことが出てくるのでないか。

 

 この文章から推測すると、「本当のもの」とは仏智であり、「本当でないもの」とは理性ということになります。理性という言葉の厳密な意味は私にとって難しいですが、ここで安田師が言われている理性とは、「こうだとすると、こうに違いない」と、自分の経験を基(もと)にして結論を推測することだと思います。それはとても大事な人間の能力ではあるのですが、問題は、単なる推測であるにもかかわらず、それを「本当のもの」、あるいは「本当のこと」としてしまって、その結論を「本当である」と捉(とら)われてしまうところにあるのです。

 

  私たちの日暮らしの中でも、「自分の経験してきたことこそ間違いないことだ。それは自分だけでなくどんな人にも通用することだ」と勝手に物事を決めつけて、それを自分でそう思い込むだけでなく、さらには人にも押し付けてしまうことがあるのではないでしょうか。その結論を「思い込みに過ぎない」と容易に気づくことができたとしたら、人間関係上において起こってくるさまざまなトラブルはかなり少なくなるような気がします。それほど、一度決めてしまった結論が「私の思い込みに過ぎなかった」と気づくことは、私たちにとっては極めて難しいことなのかもしれません。

 

 先程の安田師の言葉は、さらに次のように続きます。

 

仏智がわからないと、仏智はこういうものだと決めたら、これは仏智にならないのでないか。仏智でなしに、仏智の教理(きょうり=宗教で真理とする理論)でしょう。

 

 このことは仏教だけに限らないと思います。私たちが何を学ぶにしても、それを学び続け、ある程度の自信がついてくる時、自信と共にそこに何か「おごり」のようなものが必ず出てくるのではないでしょうか。「わかったつもり」になっているだけで、実は本当はよくわかっていない。しかし、その〈つもり〉が邪魔をして、もう一度、自分が学んだことを問い直し、学び直すということがなくなってしまうのです。

 

 北陸地方で安田師がお話される聞法(もんぽう)会がありました。安田師のお話の後、師を囲んでの座談(ざだん)会があり、私の父はその座談会に参加していました。その父から聞いた話ですが、座談会に参加していたある聞法熱心な方に安田師はこのように言われました。「君は何でもわかった〈つもり〉で生きているんじゃないかね?」。

 

 するとその方はあわててこう言い返したそうです。「私は決して〈つもり〉で生きている〈つもり〉はない!」と。

 

 仏智とは、「あなたは何でもわかった〈つもり〉で生きているのではないか」という仏から我われへの問いかけなのではないでしょうか。

平野 喜之(ひらのよしゆき)

1964年生まれ。金沢教区淨專寺住職。

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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◎現在(2月29日)新型コロナウイルス感染症(COVIT-19)の問題が社会や生活に大きな影響を与えています。国内感染者の増加に伴って、多数の人が集まるようなスポーツ・イベント等の中止・延期、全国の小中学校休校要請等々、また今後経済への影響も懸念されています。政府の対応にもいろいろと問題があるかと思いますが、今はそれを批判するのではなく一人一人が何をするべきかを冷静に判断するべきです。テレビのワイドショー・SNSなど真剣に情報を発信してくれるものもありますが、不安をあおり視聴するだけでストレスを感じる内容のものも少なからずあります。また長時間テレビやインターネットの画面ばかり視ていて健康を損ねては本末転倒といえましょう。それに比べて(政府の肩をもつわけではありませんが)首相官邸・厚生労働省のホームページにはかなり具体的な対策内容が分かりやすく公開されています。今月の法語「本当のものがわからないと本当でないものを本当にする」はまさに今の私たちに向けられた言葉のように感じられます。何とか乗り越えていきましょう。

合掌

2020年2月の法話

[2月の法語]

生のみが 我らにあらず 死もまた 我らなり

It is not life alone that makes up what we are.
Death also is part of our existence.

清沢 満之(きよざわまんし)

[法話]

 薬剤師として病院に勤めるようになって、この2月で5年になる。医師に処方された薬を、病棟(びょうとう)の患者さんに届けて説明するのが大樹の仕事だ。いつものように薬を届けていると、光明さんという60歳ぐらいの患者さんがニコニコしながら話しかけてきた。

 

「先生いつも薬をありがとう。先生の仕事は〝応病与薬(おうびょうよやく=病に応じて薬を調合し患者に与えること。人の素質・能力に応じて仏がさまざまな教法を説くことを喩(たと)えたもの)〟というとても大切なお仕事やね。なんまんだぶ。あ、なんまんだぶ、と言うのは私の口癖(くちぐせ)やけん気にせんでくださいね(=口癖だから気にしないでくださいね)」

 「ありがとうございます。そうおっしゃってくださるとうれしいです。私が励まさなきゃいけないのに、逆に励(はげ)まされちゃったなあ」

 「患者はあんまり励まさんほうがよか(=よい)ときもありますよ。私みたいにがんの末期で励まされても、つらくなるだけですけん」

 

 大樹はドキッとした。

 

「私、いつも患者さんを安心させようと、励ましてるかもしれません」

 「頑張りとうても(=頑張りたくても)、もう頑張れんけんなあ(=頑張れないからなあ)」

 「どう声をかければいいんだろう?」

 「もう頑張らんでもよかですよ、と言われたほうが安心かなあ」

 「それはちょっと言いにくいですね」

 「そうねえ。ただひとつ言えるのは、みんな病気で死ぬんやない、生まれてきたから死なないけん(=死ななければならない)のですよ。私のところに生だけがあるんやない。死も同時にある。病気が縁で死ぬときもある、事故が縁で死ぬときもある。その縁が違うだけ。それが真実。頑張ったらまだ生きられるとか、死に際に自分に嘘ついて意味あるとね(=意味があるのですか)?」

 「なるほど、でもそれってさとりの境地(きょうち)っぽくないですか、心底そう思えるのって難しそう。死が同時にあるって言われても、私にはなにかむなしく聞こえます」

 「死んで終わりならむなしいやろうね」

 「終わりじゃないんですか?」

 「すべての生きとし生けるものをば、必ず救うと誓われとる阿弥陀さまという仏さまがおってな。その仏さまの願いを聞くと、私はただ死ぬんじゃなか。阿弥陀さまの国、お浄土に生まれさせてもらういのちを、今生きとることになる。お浄土に生まれたら、先に往(い)った親や子や孫とも再び会うことができる。それだけじゃなか。再びこの娑婆(しゃば=人間が現実に住んでいるこの世界)に帰ってきて、まず自分の縁のあったものを自在に救う仏とならせてもらうとよ。来たるべき死を嘆(なげ)くやなく(=嘆くのではなく)、仏と成らせていただくことを感謝させていただく毎日が今やけん(=今だから)、むなしいことなんかなかとばい(=ないのです)。なんまんだぶ」

 「今の私は死んでいくいのちではなく、生まれていくいのちかあ。その捉(とら)え方はいいなあ。でも阿弥陀さまにまかせるのは難しそうですね」

 「さっきはおまかせしとるて言うたけど、本当は阿弥陀さまのほうから『たのむから私に救わせてくれ』とお願いされとるんです。だから、もう阿弥陀さまの仰(おお)せに従うだけたい。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 「なんまんだぶ、ってそういう意味なんですか。死を嫌いむなしく生きるだけではない、生と死をひとつのこととして、毎日感謝しながら生きる別の世界が開けているんですね。またお話を聞かせてください」

 「こんな話ならいつでもよろこんで。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 

 大樹はいつも「なんまんだぶ」と念仏を称(とな)えている田舎の祖父を思い出していた。そして、いつの間にか笑顔になっている自分にも驚いた。応病与薬とはこういうことなのか。光明さんの声をなぞるように、心の中で何度も「なんまんだぶ」と繰り返してみた。

荻 隆宣(おぎりゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

2020年1月の法話

[1月の法語]

人も草木も虫も 同じものは一つもない おなじでなくて みな光る

While men and plants and insects all differ,

the Buddha's inner light shines forth in all.

榎本 栄一(えのもと えいいち)

[法話]

 元号が平成から令和に変わり一時が過ぎました。令和には「人びとが美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」、「一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる」という願いがあるそうです。

 

 さて、私たちはこの願いに対してどのように生きていくのでしょうか。歴史を振り返ると、聖徳太子(しょうとくたいし)が十七条憲法の第一条に「和(やわ)らかなるをもって貴(とうと)しとし、忤(さか)うること無きを宗(むね)とせよ(=お互いの心が和らぎ、協力し合うことが尊いことでありむやみにこれにさからう(反抗)することのないようにしなさい。それが根本的な態度であるべきである。)」(真宗聖典九六三頁)と定めたように、私たちはいつの時代も「和」を求めているように思います。しかし、いつの時代も貴ばれ求められているということは、それほどに「和」が実現困難なものであるともいえます。それは私たちが思う「和」とは、「我」、つまり自分の都合が出発点となっているからに他なりません。不思議なもので、周りの人たちと足並みを揃(そろ)えている時にそれを乱す人がいると、その人は即座に攻撃・排除の対象になります。和を求める心の裏には、私の和を乱したくないという自分の都合が働いているのでしょう。だからこそ、自分の都合が前提にある和は、争いの原因にもなっていきます。そこには、自分の和こそ正しいとして、それをかえりみることがない愚(おろ)かさがあるのではないでしょうか。和を求める私たちは、その根にある我の愚かさに気づきません。和であっても争いであっても、どちらも自分の都合に縛(しば)られているのです。この私たちの都合が、奥深くにある真の「和」を見えなくしているのでしょう。では、真の「和」とはどのようなものなのでしょうか。

 

 釈尊(しゃくそん=迦牟尼世(しゃかむにせそん)の略、釈迦牟尼(お釈迦様)の尊称)は、誕生してすぐに花園の中を七歩歩かれ、右手を天に、左手を地に指差して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」と宣言されました。これは、六道(ろくどう)(※)という我の分別(ふんべつ)を超えた先に開かれる「和」の世界を示したものといえるでしょう。私たちはどこまでいっても自分の都合から逃れることはできません。だからこそ、我を根拠にするのでなく、宗教的根拠に立つものでなくてはならないのです。唯我独尊とは、そのような自分の都合が破られた先にある、人間としての尊厳と自分を生きるいのちの尊さの発見といえるでしょう。それは、自分が一番と誇(ほこ)ることではなく、自分も他人も草木も虫も等しく通じるいのちの尊さに呼び覚まされた、頭の上げようのない自己発見の驚きと喜びを表現しています。

 

一一のはなのなかよりは

三十六百千億の(※※

光明(こうみょう)てらしてほがらかに

 いたらぬところはさらになし

(一輪一輪の蓮の華の中からは、三十六百千億(=無数)の光明が放たれて、朗(ほが)らかに、どこまでもとどかないところはさらさら無いのであります。)

(「浄土和讃」真宗聖典四八二頁)

 

 青色は青く白色は白く、大きいものは大きく小さいものは小さく、それぞれの華が光り輝くように咲き誇りお互いに照らし合う花園の世界、それはまさにいのちがすべて友達だという世界ではないでしょうか。そのような自立と連帯が確立された世界こそ、我を挟(はさ)む余地が全くないほど広大な真の「和」といえるのでしょう。

 香月 拓(かつき たく)

1980年生まれ。仁愛女子短期大学准教授。 福井教区永臨寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

(※)「六道」:人間が善悪の業(ごう=行為)によっておもむき住む六つの迷界。すなわち、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天。この六道の間を生まれかわり死にかわりして、迷いの生をつづけることを「六道輪廻(ろくどうりんね)」という。

(※※)「三十六百千億の」:(極楽)浄土の蓮の華には百千億の花びらがあり、その花びらに青・白・玄(くろ)・黄・朱・紫の六つの光があって相互に照らしあうから六×六=三十六の百千億の光となる。

houwa202001

今年の法話(2020年)

[今年の法語]

悲しみの 深さのなかに 真のよろこびがある

Within the depths of sorrow there is true joy.

瓜生津隆真(うりゅうづ りゅうしん)

[法話]

 お母さんは突然亡くなった。弘子の3歳のお誕生日から年末年始と、楽しい日々がまだまだずっと続くように思えた1月8日。博多にはめずらしい積雪の日のこと。早朝、お父さんを勤め先へ送り出して、一緒におでかけする予定だったのに、お母さんは「ちょっと気分が悪か」とお布団に横になったきり、もう二度と動くことはなかった。突然の脳内出血。即死状態だったそうだ。当時の弘子にはまだ死ということがわからなかった。ただじっと、お母さんが動くのを枕元で待っていた。

 

 そのうちに喉(のど)が渇(かわ)いてきた。何か飲みたいとお母さんを揺(ゆ)り動かしたが、まったく動く気配(けはい)がない。流しの蛇口(じゃぐち)も弘子の背丈(せたけ)では手が届かない。周(まわ)りを見渡すとちゃぶ台に水差しがあった。「お母さんも飲むかなあ」コップに移してまず自分が飲んだ。もう一杯お母さんの分も入れた。「入れたよ」とお布団を引っ張ったが動かない。やがてお腹も空いてきたけど、見えるところに食べるものは何もなかった。

 

 朝起きる。用を足す。顔を洗う。お着替えをする。ご飯を食べる。おでかけする。遊ぶ。ご本を読む。お片付けをする。お風呂を焚(た)く。お布団に入る。寝る。すべてがお母さんと一緒。あたりまえのように過ぎていた弘子の日常は、昭和十四年一月八日で突然止まってしまった。

 

 弘子は、佐賀に住む祖父母の家で暮らすことになった。祖父母はとても優しく、弘子を大切にしてくれた。

  「お母さんは仏さまになんしゃったけん、もう見たり触(さわ)ったりはできんばってん、弘子の中にはちゃんと仏さまでおってくださる。お母さんの弘子を呼ぶ声ば覚えとうね? その声ば思い出してんごらん。いつでも弘子と一緒やけんね」

  お父さんと離れさびしかったが、心の中でお母さんがいつも一緒と思うと、温かい気持ちになることができた。

 

 祖父母は、人さまから何か物をいただいたときは、いつも必ずお仏壇にお供えをした。

  「まあ、こげん良かもんばくださって、さっそくお供(そな)えさせてもらいます」

  仏さまにありがとうと手を合わせながら、祖父はいつも、「弘子んお母さんにありがとうば言えんかったけんね、しっかりありがとうば言おうね」と、手を合わせていた。弘子も祖母も一緒に手を合わせた。

 

 手を合わせる生活を大切にする中で、弘子はやがて、お母さんが一緒にいてくれたことが、あたりまえのことではなかったんだと気づかされた。お父さんがいてくれることも、祖父母がいてくれることも、近所の人、友達がいてくれることも、弘子を取り囲むご縁は、すべて感謝すべきことばかり。それ以来「ありがとう」が、自分の人生をよろこびへと変えてくれる言葉になった。

 

 弘子にとってお母さんが死んだことは、つらく悲しい出来事に変わりはない。けれどお母さんは仏さまとなって、人生で本当によろこぶべきことが何かを教えてくれた。

  これを一生大切にしようと思う弘子だった。

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

本年(令和2年)の法語カレンダー(真宗教団連合)のテーマは「わたしの歩み」ということです。これまでに掲載されてきたご法語の中から、お念仏を称え、人生を生きぬかれた先師のお言葉を選定されました。日々の生活の中で味わいながら、共々にお念仏を申し歩んでまいりましょう。

hougo2020

2019年12月の法話

[12月の法語]

信心あらんひと むなしく生死(しょうじ)にとどまることなし

Anyone who has the entrusting heart never meaninglessly remains

in the world of birth-and-death.

『一念多念文意』

[法話]

この法語は、親鸞(しんらん)聖人(しょうにん)が85歳の時につくられた『一念多念文意(いちねんたねんもんい)』という仮名文(かなぶみ・かなぶん=仮名で書いた文章や手紙)に見える一節です。

 

聖人は晩年、京都へ帰られてからは関東の門弟たちを気遣い、とくに84歳の時には、「信心(しんじん)」の問題をめぐって、わが子善鸞(ぜんらん)を義絶(ぎぜつ)するという痛ましい目に遭(あ)われました。そういう苦悩を背負って、「お聖教(しょうぎょう)」をとおして門徒衆(もんとしゅう)とともに、精魂こめて信心を確かめられたのですね。そこには、晩年の聖人にとって、「信心」こそがかけがえのない大問題であったことが、よく伺(うかが)えるのです。

 

私は最近、体力も精神力も衰え、米寿(べいじゅ=88歳))に近づくという《はかなさ》を感ずるようになりました。それは間違いなく死期に近づいているという不安・おそれでもあります。その不安は誰かに語るのは難しく、孤独感に陥(おちい)ることでもあります。そこで「生きる目標」「人生の目的」といった終生(しゅうせい)の課題が、見えにくくなりながら、しかも一層重くのしかかってくるのです。そしてその課題とは、親鸞聖人の「信心によって、むなしく生死にとどまらない」生き方として、私に語りかけてくださることでなければなりません。

 

ここに掲載されたのは、「一念か、多念か(=信のこもった念仏であれば一度でも称えれば浄土に往生できるのか、数多くの念仏の行を積まなければならないのか)」をめぐる問題を論ずる中で、天親菩薩(てんじんぼさつ 別名 世親 4~5世紀 北インド 七高僧の一人)の『浄土論(じょうどろん)』にある「観仏(かんぶつ)本願力(ほんがんりき) 遇無空過者(ぐむくかしゃ) 能令速満足(のうりょうそくまんぞく) 功徳大宝海(くどくだいほうかい)」(=阿弥陀仏の本願にあうならば、誰でも空しく過ぎることはない、必ず仏の功徳の一切が、本願を頂いた人の上に、速やかに満たされるであろう)(真宗聖典137頁)の偈頌(げじゅ=仏教の真理を詩の形で述べたもの)を引用し、その意味をやさしい言葉にかみくだいて、説明されている部分です。

 

まず「観」についてですが、この文字は、大乗仏教(だいじょうぶっきょう)(註)においては、最も大切な修行法をあらわす言葉でありました。特に、聖人は天台宗の比叡山で長い間修行されましたが、その中心は「止観業(しかんごう)」という、精神を一点に集中して、わが「仏性(ぶっしょう=人間が本来もっている仏としての本性)」とか「真如(しんにょ=この世界の普遍的な真理)」とかを自覚するという、最も厳しくわが心身を観察することでありました。ところが親鸞聖人は、その「観」について

 

「願力(がんりき)をこころにうかべみるともうす、またしるというこころなり」

 (阿弥陀如来の本願のはたらきを心に思い浮かべて見るということであり、また知るという意味である)

(『一念多念文意』真宗聖典543頁)

 

と教えているのです。つまり「仏さま」を「わが眼(まなこ)をもって観(み)る」よりも、仏さまの本願・慈悲が私に「はたらき続けてくださる」ことに気づく、という意味に受け取られたと思われるのです。したがって「遇(もうあう)」もまた、「本願力を信ずるなり」と了解されたことは、本願力を憶念(おくねん=心中に絶えず思い念ずること)し仰信(ぎょうしん=うやまい求め信ずること)することが、「功徳大宝海を速やかに満足せしむ」ことだと受けとめられたからでしょう。

 

そこに、人間の生きる目的、「信心に生きる」ことを、はっきりと示してくださっていることを、あらためて考えてみなければならないと思います。

福島 光哉(ふくしまこうさい)

1932年生まれ。大谷大学名誉教授。大垣教区永壽寺前住職。

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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[今月の法語 現代語訳]

「信心を得た人は、いたずらに迷いの世界を生まれ変わり死に変わりすることはない」

 

(註)「大乗仏教」

紀元前後頃からインドに起こった改革派の仏教。従来の仏教が出家者中心・自利中心であったのを小乗仏教として批判し、それに対し、自分たちを菩薩と呼び利他中心の立場をとった。東アジアやチベットなどの北伝仏教はいずれも大乗仏教の流れを受けている。

 

◎師走に入り慌ただしい時期になりました。今年は平成から令和へと元号が変わりおめでたいことも多かったのですが、東日本を襲った台風や豪雨災害に心を痛めた年でもありました。改めまして被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早くの復興をお念じ致します。今年も多くの皆様にお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。合掌