松樹山、西善寺。大阪府大阪市福島区、真宗興正派のお寺です。

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今月の法話

2020年12月の法話

[12月の法語]

智慧・慈悲のはたらき そのものが 「仏」なのです

The working of wisdom and compassion itself is the "Buddha."

坂東 性純(ばんどう しょうじゅん)

[法話]

 東海道山陽新幹線のぞみ21号博多行き11号車10番A席。信智は京都での会議を終え、山口に帰る新幹線の中にいた。いつものように席を確認して座った窓の外に、年の頃60歳ぐらいの見知らぬ女性が立っていた。安全柵(さく)越しではあるが、あきらかに信智に向かって何かを知らせようと、口をパクパクさせている。

  その女性の視線の先には、彼女とそっくりのお年寄りが、切符を握りしめ、信智の横に立っていた。80歳はゆうに越えているだろうと思われるその人は窓の外の女性に向かって席を確認しているようだ。一瞬、自分が席を間違ったのかと思い、チケットを再確認。A席で間違いない。

  信智は「ちょっと確認してもいいですか」とお年寄りの切符の席を確認すると、同じ列の反対側の窓際E席の切符だった。「向こう側の窓際の席ですよ」と教えて、窓の外の女性にも身振り手振りでそのことを知らせた。窓の外の女性はしきりに頭を下げている。「大丈夫ですよ」と声をかけたかったが、車内からではどうしようもない。かわりにお年寄りへ「大丈夫ですよ」と伝えようと振り返ると、その人は目に涙を、口に「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と念仏を称(とな)えながら合掌し、じっと外の女性を見つめ続けていた。外の女性も涙が溢(あふ)れている。信智を間に挟(はさ)んで別れを惜しむ親子だろうか。

  どうせなら席を譲ろうとしたとき、新幹線は動き出し、あっという間に外の女性の姿は見えなくなって「なんまんだぶ、なんまんだぶ」というお年寄りの小さなお念仏の声だけが残った。

 

 並びのC席には50代ぐらいの女性が座っていた。もらい涙か、その女性も目に涙を浮かべていた。「娘さんですか?」と尋ねるその女性にお年寄りは「ええ、慧子は娘です」と答え、席を移っていく。ところがE席にはすでにスーツを着た若いビジネスマンらしき男性が、ノートパソコンをひろげて座っていた。C席の女性が「席確認してもらえませんか」と声をかけると、ビジネスマンはどうやらD席だったらしく「ごめんなさい、すぐに替(か)わります」とノートパソコンをたたみ荷物を片付け始めた。コンセントは窓際にしかないので、隣の席を借用したくなる気持ちはわからなくもない。お年寄りは「よかです、よかです、替わらんでよかです」とD席へ腰を下ろした。「ごめんなさい、ありがとうございます」とビジネスマンは頭を下げて仕事を続ける。

・・・・・・・・・

 C席に座った久美子は、D席に座ったそのお年寄りが、周りに聞こえないほどのお念仏をずっと繰り返していることに気がついた。久美子は30年前、ある住職に相談して、生まれて間もないわが子を、お寺近くの家に預けたことを思い出していた。やむを得ない事情でそうするしかなかった。名前を亮と名付けたきり、二度と会うことは許されなかった。今そのお年寄りが着ているベージュの手編みのカーディガンが、久美子が亮を包んだベージュのマフラーに見える。娘さんとの別れに流された涙の意味を想像しながら、久美子は30年前の記憶をたどっていた。

・・・・・・・・・

 岡山を過ぎた辺りで、隣のお年寄りが細長い包みを取り出して手を合わせている。さっきの京都駅の娘さんが作ったものだろうか、手作りの海苔(のり)巻きが出てきた。翔太も急激にお腹が空いてきたが何も持っていない。出張先の広島まで我慢だ。そういえば海苔巻きは陽菜の大好物だったよなあ。陽菜元気にしているかなあ。また陽菜に会いたいなあ。

  そんなことを思う翔太に、お年寄りはひとりでは食べる量が多かったのか、翔太のお腹の虫が聞こえたのか「お裾(すそ)分け(=もらいものや利益を、さらに他の者に分け与えること)で申し訳ないけど、召し上がれ」と海苔巻きを差し出した。翔太は、「ちょうどお腹が空いてきたところだったんです。ありがとうございます」と満面の笑顔を見せ海苔巻きをほおばった。お年寄りは水筒を取り出して、お茶もすすめてくれた。さっきまでずっとパソコンとにらめっこしていた翔太はすっかり気が緩(ゆる)んで、自分には陽菜っていう娘がいること、離婚してなかなか会えないこと、陽菜は海苔巻きが大好物だということ、この美味しい海苔巻きを食べさせてあげたいことを話して、最後に、

 「ところでひとつ教えて欲しいんですが、えーと......ずっと、なんまんだぶっておっしゃってますよね?」

 「ごめんなさい。お仕事の邪魔やったかしら」

 「いえいえ大丈夫です。なんまんだぶ、ひとつで仏さまの国に生まれるんですか? 変なこと質問してすみません。意味通じてますか?」

 「はい? その通りですよ。どなたからお聞きになられたの?」

 「やっぱりそうなんだ。はい、娘の陽菜がそう言うんです」

 「娘さん、おいくつ?」

 「11歳です。この前久しぶりにあったら、『お父さん、死んでも私に会いたい?』って変なこと言うんです。もちろんいつでも会いたいさと答えたら、陽菜は、なんまんだぶ、ひとつで仏さまの国に生まれるから、お父さんも、なんまんだぶ、忘れないでね、忘れたら陽菜には会えないからねって言うんです。僕、意味がわからなくて。陽菜は約束だよ、なんまんだぶ、忘れないでねって、何度も言うんです」

 「とってもかわいか娘さんやね。お父さんこと大好きなんやね。約束ば守ってあげてね」

 「なんまんだぶ、ひとつで会えるんですね。はい。守ります。絶対約束守ります」

 「そげん力(りき)まんでもよかよ。仏さまがね、そうお誓いくださってるの。私たちの力で仏さまの国に行くんじゃなかよ。なんまんだぶは仏さまのお力なの。もし忘れていても、仏さまはお忘れにならんのよ。お茶もう一杯いかが?」

・・・・・・・・・

 広島駅でビジネスマンは降りていった。お年寄りにしきりに「ありがとうございました」と頭を下げて、なんだかとても嬉しそうだった。ほどなく新山口に到着。C席の女性もここで降りるようで、お年寄りに「残りの旅、お気を付けになられて」と声をかけていた。信智はただ心の中で念仏を称え、新幹線を降りた。

 

 ホームに降りるなり、C席の女性が声をかけてきた。

 「素敵なおばあちゃんでしたね。私たち3人ともおばあちゃんの魅力にやられちゃったわね。おかげでなんか大切なことを思い出しました」

  信智はただ笑顔で「そうですね」とだけ返したが、のぞみ21号博多行き11号車10番D席に、阿弥陀さまの智慧と慈悲のはたらきがあのお年寄りを通してあらわれてくださったのだと、深く深く味わっていた。

  阿弥陀さまは常に一緒。出てくださるお念仏が尊かった。

荻 隆宣(おぎりゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎今回は長編でしたね。一人のお年寄りを中心に3人(信智・久美子・翔太)の心情がそれぞれの立ち位置で語られています。お年寄りの「なんまんだぶ(南無阿弥陀仏)」が3人の心の中に埋もれていた大切なものを呼び覚ましたのではないでしょうか。皆さんもほのぼのとした気持ちになられたことと思います。

この一年は世界中が新型コロナウイルス感染症により振り回されました。冬季になり気温と湿度が下がるにつれて感染者数もかなり増加している現状(11/30現在)です。それに伴って感染者に対する悪意も目立ってきているようです。『ひとりふたり』秋号の編集後記からの引用ですが、『武漢日記』より、文明を測る尺度、それは発達した科学技術や経済力ではなく「弱者に対する態度なのです」とあります。私たちは今一度、自己中心的な思いにとらわれていないか自身を振り返るときかと存じます。

合掌

2020年11月の法話

[11月の法語]

拝まない者も おがまれている 拝まないときも おがまれている

Even those who do not revere, are held in reverence [by the Buddha].

Even when we do not revere, we are still held in reverence.

東井 義雄(とうい よしお)

[法話]

 この言葉は、東井義雄(とういよしお)先生の

 

「無理をせんといてください」/「無理をしないで休んでいてください」/腰が曲がって/ひどく小さくなってしまった老妻に/何べんも気づかってもらいながら/土手の草を刈(か)る/何だか/うれしく/何だか/しあわせで....../「拝まない者も/おがまれている/拝まないときも/おがまれている」/「ここが/み(御)手の/まんなか」/と、/土手の草を刈らせてもらう/何だか/うれしく/何だか/しあわせで......。

 (『東井義雄詩集』探究社)

 

という「何だかうれしく」という詩の一節です。すぐに疲れてしまう東井先生への奥さんの心づかい、腰が曲がってひどく小さくなってしまった奥さんへの先生の温かいまなざし。阿弥陀(あみだ)さまと共にある、ご夫妻の豊かで深くて穏やかな日常の一コマが浮かんで来てまぶたが熱くなります。

 

 この詩は、「拝まない」「おがまれている」と、漢字とひらがなが使い分けられています。一般的には、「拝む」とは人間が神仏を礼拝することですが、引き続いて「ここが/み手の/まんなか」と人間が阿弥陀さまによって摂取(せっしゅ=仏が衆生をおさめとって救うこと)されているという視点への転換があります。その視点を明確にするためにひらがな「おがまれている」が使われています。

 

  真宗聖典には、「もろもろの衆生(しゅじょう)は、みなこれ如来(にょらい)の子(みこ)なり」(『教行信証』真宗聖典二六七頁)、「十方(じっぽう)の如来は衆生を一子(いっし)のごとく憐念(れんねん)す」(「浄土和讃」真宗聖典四八九頁)とあり、さまざまな悩みをいだきつつ生きるすべてのものは、如来大悲によって一人ひとりが一子(ひとりご)のごとくかけがえのない大切な仏の子として念じられているとあります。

 

  その如来のまなざしに背を向けて生きて来た自分の姿が思われます。私は十歳のある日、いずれ自分が死んでいなくなるという恐怖と悲しみにおそわれました。どこから来てどこに去って行くのかも知らず、ただ死んで消えてしまう人生には何の意味もないとしか思えず虚(むな)しい日々を送っていました。せめて小さい頃から興味があった天

文学か素粒子(そりゅうし)物理学(=素粒子の構造・性質・相互作用などを研究し、自然界の最も基本的な物理法則を探究する物理学の一分野)を学べば、何らかの展望が開けるかと広島大学大学院に進学し素粒子研究を始めました。しかし科学的な方法では道は開けないことがわかり博士課程を退学しました。

 

  そのように生きるのに四苦八苦(しくはっく)している私の姿を見て、浄土真宗と縁があった熊本出身の妻が、広島大学会館で開催されている「歎異抄(たんにしょう)の会」に誘ってくれました。大学院を退学し紆余曲折(うよきょくせつ=物事が順調に運ばないで、こみいった経過をたどること)あって医学部を再受験、その合格発表の日に「歎異抄の会」があり参加しました。それが浄土真宗の聞法(もんぽう=仏の教えを聴聞すること)を始めるきっかけでしたが、分別(ふんべつ=もろもろの事理を思量し、識別する心の働き)を超えた阿弥陀さまの世界をいただくための悪戦苦闘の日々の始まりでもありました。

 

  聞法の歩みの中で、「死ぬも南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、生きるも南無阿弥陀仏、ただこのこと一つ」と、すべてのものを分け隔(へだ)てなく救うと誓願(せいがん)された阿弥陀さまにおまかせする以外、生死(しょうじ)を超える道はないことを知らされました。おおいなるものと共にある東井先生ご夫妻のお姿に、あらためて生と死にゆるぎない安住の地が開かれてあることを思います。

志慶眞 文雄(しげまふみお)

1948年生まれ。しげま小児科医院院長。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎ご通知でもお伝えしましたように、新型コロナウイルスの感染拡大が未だ収束しない現況に鑑みまして、残念ですが11月8日(日)に厳修予定の「報恩講法要」を内勤め(寺院家族のみの法要)に致します。今年5月の「春の法要(永代経)」に引き続いてのことでご参詣予定の皆様には大変恐縮ですがご理解賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 尚、内勤めの模様は当ホームページにて11月9日以降掲載します。ご笑覧いただければ幸甚に存じます。

合掌

 

2020年10月の法話

[10月の法語]

念仏とは 自己を 発見することである

The Nembutsu enables you to discover yourself.

金子 大榮(かねこ だいえい)

[法話]

 

「お母さん、私のお腹の中に赤ちゃんがいる。3カ月目って言われた」

 

  娘の突然の報告に口の中に入っていたお茶を吹き出してしまった。卒業後、就職こそしているが、まだまだ子どもだと思っていた。しかし冷静になってよく考えれば、智子が最初の子を産んだのは25の歳。娘の舞も今年25になる。

 

「で、どうしたいの?」

 「産むよ。大樹さんからも結婚して欲しいって、前から言われてるし」

 「え、いつから言われとったん?」

 「えーと2年前?」

 「どうしてもっと早く教えてくれんの」

 「だって私にはもったいないもん。大樹さん」

 「あ、またすぐそんな考え方する。私の育て方が悪かったのかねえ。あなた仕事はどうするの?」

 「今のところは辞める。ここで働きながら、ちゃんと育てたい」

 

  舞にはディスレクシア(※)という読字(どくじ)障がいがある。出産するにあたって主治医の先生とも相談したいが、大樹さんも舞のことはちゃんと理解してくれているから大丈夫だろう。赤ちゃんをここで育てるのは悪くない。町の小さな食堂を経営している我が家なら、いつも目の届くところで赤ちゃんを育てることができる。親として反対する理由もない。

 本を読むことができない舞は、出産と育児のことはお母さんが教えてね、とすっかり私を頼りにしている。しかし智子も出産育児なんてもうすっかり忘れてしまっている。舞はのほほんとした呑気(のんき)な性格だから、舞が赤ちゃんを育てる間は、私がしっかりしなくちゃと、智子もついつい気合いが入る。そんな智子を見て舞がこんなことを聞いてきた。

 

「ねえ、お母さん、私を産んで育てるのも大変だった?」

 

 智子はお寺の法座でこんな話を聞いたことがあった。

  「本堂の真ん中にいらっしゃる阿弥陀如来さまの下に、須弥壇(しゅみだん)という壇があります。須弥というのはインドの言葉でヒマラヤのこと。地球上で一番高い山。この中で登られた方はいらっしゃいますか。いらっしゃらないですか。一度登ってみるといいですね。きっとそこは私の想像をはるかに超えた世界でしょう。仏さまが私を救わずにはおれないというお心は、私の想像をはるかに超えたお心。それを表すために須弥壇の上にお立ちです。私がどれだけ背(そむ)いても、わが子を思う母のように、決して見捨てず、いつもなんまんだぶと、はたらいてくださる仏さまです」

  智子の母はもう85歳、一人九州佐賀県で暮らしている。母はいつも「あなたが生まれてきてくれて、本当によかった」と智子に言っていた。父が早くに亡くなって、一人で4人の子どもを育てたので、随分(ずいぶん)苦労したはずの母。末っ子の智子も決して素直な良い子ではなかった。どれほど母に苦労をかけ大きくなったか。どれほど母に涙を流させたか。でも母は感謝の言葉を口にした。母の心は、仏さまの心のように大きく広い。

 

「ねえ、お母さん、聞いてる? 私を産んで育てるの大変だった?」

 「えーと、どうだったかしら。そんなこともう忘れちゃったわ」

 「じゃあ、あまり大変じゃなかったんだ」

 「そうね、大変なことよりも、嬉しいことのほうが多かったかな」

 「え、嬉しいことってどんなこと? ねえ、ねえどんなこと?」

 「何言ってるの、それも忘れた。さあ、もうお店も手伝ってよ」

 「はーい。わかったあ。でも嬉しいことのほうが多かったって言ってくれてありがとう、お母さん」

荻 隆宣(おぎりゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

(※)ディスレクシア(英語: dyslexia、ディスレキシアとも)は、学習障害の一種で、知的能力および一般的な理解能力などに特に異常がないにもかかわらず、文字の読み書き学習に著しい困難を抱える障害である。失読症、難読症、識字障害、(特異的)読字障害、読み書き障害、とも訳される。発達性読字障害(DRD; Developmental reading disorder)とも呼ばれる。

2020年9月の法話

[9月の法語]

自分のあり方に 痛みを感ずるときに 人の痛みに 心が開かれる

When you can feel the pain of your own existence, your heart is opened to the pain of others.

宮城 顗(みやぎ しずか)

[法話]

 このお言葉は、九州大谷短期大学の報恩講(ほうおんこう)で、学生さんたちに「人間としての新しい旅立ち」という題で故・宮城顗(みやぎしずか)先生がお話しされたご法話(『他人さえもいとおしく』宮城顗講話集Ⅱ)に出てまいります。

 

 この法話の主題は、「人間としての新しい旅立ちは、(中略)「私が私である」というところに立つこと」であり、「なによりも自分自身の与えられた人生、拒否し逃げだしたいと思われる事実を「この他に私なし」と引き受けて生きる力をたくわえていただきたい」という、次世代の学生たちへのメッセージであふれています。

 

  一体、どういうことを言っておられるのでしょうか。根本問題は、私は私でありながら、その私を引き受けることが至難(しなん=この上なくむずかしいこと)であるというところにあるようです。もっと言えば、私が私を嫌うのです。「侮る(あなどる=軽くみてばかにする)」といってもよいのでしょう。ところが「私」というものは、個人を言い表す言葉でありますが、私という存在はさまざまな条件を離れてあるわけではありませんから、時代と社会の制約を受けています。生まれた国、社会、家などに育てられてきた歴史的存在であるだけに、それなりの世界をもって生きているのであります。

 

  「自分のあり方に対する痛み」とありますから、自己の本来(ほんらい=もともとそうであること)から今の自分のあり方が閉ざされている時の、いわば本来からの呼びかけとして「痛み」というシグナル(=信号、合図)があらわれるといってよいのでしょう。しかし、日常心の深い迷妄(めいもう=道理がわからず、事実でないことを事実だと思い込むこと)に覆(おお)われている私たちは、本来の呼びかけとして聞くよりも、さらに心を閉じるかあるいはいかに痛みをなくすか、楽になることを選んでしまいます。つまり、痛みの根底からの呼びかけを聞くことが難しいのです。そこには人に出会い、教えられないと心開かれない人間の構造、秘密があるのだと思われます。その意味で「痛み」という感覚を得た時こそ、我・他者(ひと)共に人間を回復する転機(てんき=他の状態に転じるきっかけ)なのです。

 

  「不安」という感覚も同じであるように思います。それは、例えば老・病・死にもあらわれてまいります。私も後期高齢者と呼ばれるような歳になりました。若い時には思いもしなかった出来事に遭遇(そうぐう=不意に出あうこと)します。今まで出来ていたことが出来なくなる体験です。お寺に来られるご老人から、足が悪い、耳が悪いでお参りできなくなったと言われた後、「あかん(駄目な)ものになりました」「役にたたなくなった」という言葉をよく聞かされました。ここには何よりも、世間の物差しになっている能力主義の介在(かいざい=両者の間に存在すること)を見ます。

 

  問題は、そうした物差しが、私たち日本人のいわゆる「宗教的体質」にまでなっているということであります。けれども、本来の自己はつまるところ納得していないのです。そこに、「痛み」を「痛み」と感じないという、深く重い人間の日常心にひそむ我執(がしゅう=自分中心の考えにとらわれて、それから離れられないこと)の問題があるのです。

しかし、そのような私たちにまで届いている呼びかけの言葉、

 南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)の世界、「本有(ほんぬ=初めから有ること)の願い」が人間には回向(えこう=阿弥陀如来が人々に救いの働きを差し向けること)されている。そのような念仏の歴史の中に生まれ育てられてきた人びとが、この「痛み」そして悲しみをとおして、かけがえのない出遇(であ)いの時、心開かれる世界を、聞法(もんぽう=仏の教えを聴聞すること)の生活として証(あか)してくださっています。

 

  実は、痛みは「如来(にょらい)の痛み」つまり「悲しみ」なのであります。そこに宮城先生が、「どうか、みなさん。一人の人間の重さを知る心をもって、いろんな人に出会っていただきたい。言葉を大事に聞いていただきたい」とむすばれていますように、今、共に生きる世界へと歩みをうながしてくださる言葉としていただきました。

藤井 慈等(ふじいじとう)

1943年生まれ。三重教区慶法寺住職。

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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[註]宮城 顗:1931~2008 仏教学者、真宗大谷派僧侶

 

◎今年は9月に入っても最高気温35℃以上の酷暑が続いています。新型コロナウイルス感染症拡大防止のためマスク着用が常態化しており、その影響か熱中症で救急搬送される人数が昨年同時期(8/17~8/23)と比較して二倍以上(総務省消防庁より)になっています。会話時に人との間隔(2~1メートル)が十分取れない場合以外マスク着用は必要ではないので本当に熱中症には気をつけてください。今月はお彼岸月でもあります。何卒ご自愛くださいますようお念じ申し上げます。

合掌

2020年8月の法話

[8月の法語]

念仏もうすところに 立ち上がっていく力が あたえられる

I say the Nembutsu. I am enabled with the power to continue living.

西元 宗助(にしもと そうすけ)

[法話]

 「今朝も目が覚めましたよ。おはようございます。なんまんだぶ」

  そう言いながらお仏飯をあげ、朝のお勤めをするのが弘子の日課である。お勤めの本はもうボロボロでところどころページが欠けているが、「正信偈(しょうしんげ)」や「讃仏偈(さんぶつげ)」、「重誓偈(じゅうせいげ)」のお勤めは身体が覚えているので、弘子にとってはどうでもいいことだった。お勤めは「正信偈」。

  「きーみょーうむりょーうじゅにょらいー(帰命無量寿如来)」

  弘子は、3歳からこの家で祖父母に育てられた。24で結婚。四人の子どもを授(さず)かったが、夫は35歳で亡くなった。

  「おうじょうあんらっこー(往生安楽国) なんまんだぶ なんまんだぶ」

  お勤めが終わったら朝食。たいていはご飯とお味噌汁とお漬物。

  明後日8月13日が夫の50回忌。

 「明日は久しぶりに子どもや孫たちが帰ってきますよ。もう随分(ずいぶん)と大きゅうなったことでしょう。そいから先月長男の光明が亡くなりました。がんやったとですが、最後はよかったよかったと往生しました。あ、もうそっちで会われとるでしょうけん、もうご存じやったですね。よろしくお願いします。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 

 お仏壇の阿弥陀さまに向かって話をする弘子は、今年で85になる。

  「明日は久しぶりにご馳走ば(ごちそうを)作りますよ。子どもたちの大好きなお刺身とこの田舎で育てた美味しいお米と、お魚のあら炊きも。孫たちには美味しか佐賀牛も買っとこうかね。お魚の食べれん(食べられない)子もいたはず。うちで採れたお野菜もたくさんあります。なんまんだぶなんまんだぶ」

 

 4人の子はそれぞれ都会へ出て、家庭を持ちお念仏を相続して暮らしている。とうとう最後は一人暮らしになった弘子である。

  「子どもたちも滅多なことでは帰ってきませんよ。普段は連絡もなかとです。子どもは親のことは忘れ通しですね。私も自分の調子の良かときは忘れとりました。お恥ずかしい。ついつい愚痴(ぐち)も出てくるとです。なんまんだぶなんまんだぶ。でも子どもたちが帰ってくるとは、やっぱり嬉しかですね。顔ば見ただけで、ああ良か人生ば送らせてもらったと思います。苦労はいろいろあったばってん(けれど)、阿弥陀さまのご苦労ば聞かせてもらって、かわいか孫ば見たら、自分の苦労なんか吹っ飛ぶんやけん(吹っ飛ぶのだから)。あなたが早う死んだとも、手ば合わせる生活ば子どもたちに教えるためやったとですか?私が母の死から教えられたように、あたりまえのものなんかこの世の中にはなんもなか、ありがとうば大切にしんしゃい、なんまんだぶば大切にしんしゃい、そういうご縁をくださったんかもしれませんね。言葉やなくて、私たちの人生そのもので、感謝の日暮らしにお育ていただきました。ありがとうございます。なんまんだぶなんまんだぶ」

  弘子はこの歌を口ずさみながら掃除をするのが大好きだった。

 

ひとりじゃなかもん み仏と いっしょに朝食いただいて

 ひとりじゃなかもん み仏と よもやま話に花さかせ

 ひとりじゃなかもん み仏に 不平も愚痴も話します

 ひとりじゃなかもん み仏は 笑ってうなずきなさいます

(「ひとりじゃなかもん」作詞・佐藤キナ、作曲・田中美根子)

 

 家中を掃除して、お仏壇を掃除して、打敷(うちしき=仏具などの敷物)をかけて、お花を生けて、お灯明(とうみょう=神仏に供えるともしび)を用意して、きれいにお荘厳(しょうごん=仏壇をおごそかに飾ること)。そんな弘子が仏さまを見上げると、こころなしか仏さまは、笑っていらっしゃるように見えるのだ。

 

荻 隆宣(おぎりゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

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◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎いったん収束しつつあった新型コロナウイルスの感染拡大ですが、7月上旬頃から東京周辺・大阪周辺など大都市を中心に新規感染者数が増加しています。現在(7/31)は一日あたり1500人を超えるようになっています。こんな時こそマスコミ報道やネット情報によって不安や怖れをあおられることのないようにしなければなりません。今起こっていることを、希望的観測や憶測を抜きにしてしっかりと把握し、感染予防の基本(「相手と身体的距離を確保すること」「こまめな手洗い」「マスク着用・咳エチケット」「3つの密を避ける」等々)を常に心がけることが必要であり、それが結局は安心につながっていくように思います。お盆の月でもあります。何卒ご自愛くださいますようお念じ申し上げます。

合掌

2020年7月の法話

[7月の法語]

人間は死を抱いて 生まれ 死をかかえて 成長する

We human beings are born with death, and grow up dying in ourselves.

信國  淳(のぶくに あつし)

[法話]

 「人間は死を抱いて生まれ、死をかかえて成長する」(『信國淳選集』第六巻「第一部浄土」柏樹社)しかし、ともすると私たちはこの事実を見ようとしない。信國淳(のぶくにあつし)先生はこの言葉について、「仏教では人間のことを「生死(しょうじ)するもの」と言っているが(中略)私どもの生きることそのこと自体が、(中略)一つの解決を要する課題として、私どもに与えられている」と表現している(同書より)。

 

 人間は、生を求める心で死を恐れ、若さを誇(ほこ)る心で老いを嫌い、罪なき清らかな自分を求める心で穢(けが)れた自分を憎(にく)んで生きている。その人間の不安、苦悩はどこで超えられるのか。

 

  信國先生は「真実の救い」は、「私どもが邪魔ものにする自分の存在の不安と、不安をなくそうとして迷うその迷いとをこそ当の縁として、私どもに私どもの外から来る」「音連(おとづ)れ」、「私自身に呼びかける言葉」である、と教えてくださっている(同書より)。

 

  私が信國先生からの「音連れ」「呼びかける言葉」に出遇(であ)ったのは、今から五十年近く前のことである。汚れた醜(みにく)い自分をもてあまし、もう一度生きることを学びたいと、大谷専修学院に入学した。そこに七十歳間近の信國先生がおられた。毎週一度の「歎異抄(たんにしょう)講義」は机を叩(たた)くように獅子吼(ししく=仏の説法。獅子がほえて百獣を恐れさせるように、悪魔・外道 (げどう) を恐れ従わせるところからいう)された。

 

  学院生活が終わろうとするレポート面接の場であった。学院では毎学期、自分の課題と学んだことを記し、先生方と面接する。私はその中で、「私のような自分だけのことしか考えないような者は、この場にいる資格がない」と語った。その時、「宮森君、君は自分さえ自分から締め出そうとするんだね。学院はそういう君も受け容(い)れるんだよ」と、先生はポツリと語られた。その言葉はいのちの底に響(ひび)き、私は思わず声をあげて泣き出した。と同時に、宇宙よりも広い光り輝く世界、どんな者もそのまま受け容れ、そのまま愛する世界がある。その世界こそ本当に在る世界だと、体全体で感じていた。自分も生きていいのだと、初めて生きる希望と勇気が生まれてきた。そして、「ああ、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の念仏の教えとはこんなにも深いのか、一生かけて教えに学んでいきたい」と、新たな出発の時をいただいた。

 

  しかし、それは穢土(えど=迷いから抜けられない衆生 (しゅじょう) の住むこの世。現世。娑婆 (しゃば) )ならぬ浄土(じょうど)という新たな世界の感得ではあったが、人生を生きる新たな自己は見えないままであった。私は、「人間の誠実さ」を唯一の拠(よ)り所として、人を傷つけた自分を責め、窒息(ちっそく)しそうに生きていた。ある時、高史明(コサミョン:1932~ 小説家)先生をとおして、「自分をギリギリ責めるのではない(そこには真実はない)。煩悩具足(ぼんのうぐそく=煩悩で満ちている)の凡夫(ぼんぶ=愚かな人間)のままで(あなたがあなたのままで)生きていける一本道がある。念仏の一本道だ」という声が聞こえてきた。それはどんないのちも尊ぶ浄土から届けられた言葉であった。いのちを生きる一筋の道があると感得された。

 

  信國先生は「「念仏」こそ、私どもがそこで自我意識から開放され、真実の本来の自己に遇(あ)うことのできる「無」の一点であり」、「私どもは念仏に遇わぬかぎり、自我意識の世界に止まっているほかはない」と教えてくださっている(同書より)。

 

  私たちは、浄土の世界からの「音連れ」、呼びかけをいただく時、初めて「自我」が照らされ、「自我」に迷わされなくなる(「無」の一点)。私も、釈尊(しゃくそん)、親鸞、信國先生と伝統された真実の教えの一端にふれさせていただき、今も高校生や有縁(うえん)の方々と共に学ぶことを願って歩ませていただいている。

宮森 忠利(みやもりただとし)

1947年生まれ。小松大谷高等学校非常勤講師。 大聖寺教区專光寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

○非常事態宣言が解除されて一月余り経ちました。町中も学生さんの姿を見かけるようになり活気が戻って来つつあります。また政府の勧める「新しい生活様式」も少しずつ浸透しているように思われます。どれくらいの期間になるのかはわかりませんが今しばらくは感染防止を常に意識して生活する心構えが必要だと感じました。これから本格的に気温が上がる中、マスク着用も場面に応じて使い分けるなど熱中症に十分注意してお過ごしくださいますようお念じ申し上げます。

 

2020年6月の法話

[6月の法語]

人が何よりも 執着(しゅうじゃく)せんとするものが 自己である

It is the self among all things that we most adhere to.

毎田 周一(まいだ しゅういち)

[法話]

 父、清の葬儀を終え、片づけ終わった仏間で大輔はひとり考えにふけっていた。父の人生はいったい何だったのか。母は父を称して「何もない人」と言っていたという。仕事もない、お金もない、話もしない、愛情もない。何よりも父は世間と関わろうとしなかった。母は実家から帰ってくるように言われ、大輔を家に残すことを条件に離縁が成立。すぐに母は近くの別の男性と再婚した。祖父母からは母を見かけても声をかけるなと言われ、母も大輔を見て見ぬふりして通り過ぎていった。

 

 働かない父のかわりに祖父母は休みなく働いた。大輔が高校を卒業できたのも祖父母のおかげだ。何もない父だったが、唯一、口に念仏を称(とな)え仏壇での朝晩のお勤めだけは欠かさなかった。それは亡くなる直前まで続いた。祖父母は父に対して、お念仏さえ忘れんかったらそれでええと、父を責めるようなことをしなかったが、大輔は許せなかった。「念仏が称えられるんなら働け、仏壇に参れるんなら仕事へ行け。うちが貧乏なのはおまえのせいじゃ。俺に母さんがおらんのもおまえのせいじゃ。俺の母さんを返せ、念仏称えられるんなら、今すぐ母さんに謝れ」と泣きながら父に訴えたこともある。それでも父は反論もせず、ただただ念仏を繰り返すだけだった。

 

 近所へ葬儀のお礼にでかけていた伯父が帰ってきた。大輔の息子の大樹も一緒だった。伯父は「おまえたちに話しておきたいことがあるんじゃが、ちょっとええか」と父のことを話し始めた。

  「清があんなんで、おまえらには苦労をかけてすまんかった。戦時中、清が小学生の頃、お寺の鐘つき当番になったことがあっての、根が優しく、仏さまのことが好きで熱心に日曜学校へ通ってたもんじゃから、清はそれを楽しみにしとった。ところが金属類回収令いうのが出て、お寺の鐘も出すことになった。そのときやって来た憲兵が村中の者を集めて、お国のために戦うんが国民の使命であり、神様仏様もそうオススメであると言うたんじゃ。ところが清がそれは嘘だと言い始めた。仏さまは人を殺せとは決して仰(おお)せにならんと反論しての。憲兵はおまえが間違っている謝れと言うたが、清は兵隊さんが嘘をついちょると言い張った。顔を真っ赤にした憲兵は、根性を叩(たた)き直すというて、気を失うほど清を殴ったんじゃ。今なら清が正しいとみんなが言うたじゃろうが、当時は軍の言うことが絶対。清をかばう者は誰一人おらんかった。親も兄である私も清を守ってやれなんだ。清はそのとき、仏さま以外この世には何一つ真実がないことがわかったんじゃろうな。あの日を境に、清は嘘だらけのこの世に対して心を閉じてしもうた。許してくれの大輔。おまえが苦労したんは、清を見捨てたわしらのせいじゃ。本当に心痛させたの」

 

 大樹は伯父の話を聞き終わって、「じいちゃんの具合が悪かったから言えんかったけど、前から結婚したいと思ってる人がいる。いずれ山口にも一緒に帰るから」と言い残して東京へ帰って行った。初めて聞いた父の昔のこと。真実を知らず、ただ自分の幸せに執着し、思い通りにならないことをなんでもかんでも父のせいにして責めた大輔を、父はどう感じていただろうか。間違っていると殴られて、どれほど悔しかったか。もうやめてくれと飛び出して行きたかったろう伯父も、どれほど悔しかったか。祖父母が父のすべてを許していたのは、そういう意味だったのか。何よりも一番痛かったのは父を殴った憲兵ではないか。戦後どれほど後悔の念を持ってその憲兵は生きただろう。嘘までついて戦争をする人間の愚かさを示すために、父は一生をかけて訴えたのかもしれない。

  大輔の手の甲に淡い光がフワリととまった。6月の蛍は優しかった。

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

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[註]毎田周一:1906年- 1967年、日本の仏教思想家、詩人。金沢市出身

 

   執着(しゅうじゃく):(仏教では「しゅうじゃく」と読む)一つのことに心をとらわれて、そこから離れられないこと

 

○先月全国で非常事態宣言が解除され、新型コロナウイルスの感染拡大もようやく落ち着いて参りました。ただ今後の感染拡大を防止するために引き続き日常生活では制約が続きそうです。何かとストレスを感じる場合も多いと思います。どうぞご自愛くださいますようお念じ申し上げます。

今回の法話は生前は最期まで理解することのできなかった父親の事実を葬儀後に初めて知った大輔の心情で締めくくられています。「人が何よりも執着せんとするものが自己である」という真実に気づかされるにはこれほど厳しい思いをしなければならないのかと感じました。そして、その真実は「お念仏」が伯父さんを通じて大輔に気づかせたのではないだろうかと思えた次第です。

                       合掌

2020年5月の法話

[5月の法語]

 

いだかれて ありとも知らず おろかにも われ反抗す 大いなるみ手に

Though embraced, I do not realize it. Foolishly I resist the compassionate hand.

九條 武子(くじょう たけこ)

[法話]

 関東大震災の折、九條武子(くじょうたけこ:[1887~1928]歌人。京都の生まれ。西本願寺の大谷光尊の次女)は、自身も被災者でありながら、負傷者や孤児の救援活動に当たられました。

 

 九條武子は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えに基づいた教育活動や救援活動に尽力された方です。その活動の最中(さなか)には、阿弥陀如来(あみだにょらい)や親鸞聖人への信順(しんじゅん=教えを信じ順(したが)うこと)以上に、「どうして人間はこれほどまでに苦しまねばならないのでしょうか」という迷いや不審(ふしん=疑わしいこと。はっきりわからないこと)が彼女の心を覆(おお)うこともあったことでしょう。

 

  そのことを思う時、親鸞聖人の姿が思い起こされます。親鸞聖人も念仏をよりどころとしながら、時には心揺(ゆ)らぐことがありました。越後から関東(茨城県)の地へ向かう道中、天災や飢饉(ききん)に苦しむ民衆の姿を目の当たりにしました。苦しむ人びとの救済のため、佐貫(さぬき)の地で「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」の千部読誦(どくじゅ=声を出して経文 (きょうもん) を読むこと。読経 (どきょう) )を思い立ちます。しかし、読誦を始めて四、五日経った時、自分のしていることに疑問をもちます。「阿弥陀如来にすべてをおまかせし、ただ念仏の教えを法然上人(ほうねんしょうにん)よりいただいたというのに、自分の思いはからいで念仏を称(とな)えていた......」。親鸞聖人は「浄土三部経」の読誦を中止し、その後関東へと向かわれました。

 

  「阿弥陀如来より大いなる慈悲(じひ)をいただいているのに、これ以上何を求めようというのか」。親鸞聖人は、阿弥陀如来を信じると誓いながらも疑義が生じた自身の心に迷いを感じました。九條武子も救援活動を続ける中で、親鸞聖人と同様の疑問や迷いを感じられたことでしょう。

 

  成長過程において「反抗期」と呼ばれる時期があります。けれど、「反抗」とは、親の目から見ての言葉です。子どもにしてみれば「反抗」ではなく「自己主張」であり、成長過程において欠かせない時期です。九條武子が「われ反抗す」と表現した自身の姿は、阿弥陀如来の眼(まなこ)には衆生(しゅじょう)の自己主張に見えたことでしょう。悩み苦しみの中にありながら「わたしはここにいます」と自己主張している衆生の声を聞き、阿弥陀如来は憐愍(れんみん=かわいそうに思うこと。あわれむこと)してくださっています。

 

  宗教の信仰・信心といえば、「私は、あなた(本尊(ほんぞん)や信仰対象)のことをこれほどまでに信じています」と、一般的にはその本気度や深化が求められます。けれど一方で、「私はあなたのことを信じています」と、自分を疑うことなく言えてしまうことの恐さもあります。

 

  真宗の信仰・信心は、大いなるみ手(御手)に反抗する自覚をとおして、阿弥陀如来と出遇(であ)えるということがあります。「反抗」の自覚は、「おろか」な私の自覚です。そして実は、大いなるみ手にいだかれてあることの自覚でもあるのです。

 

  東京の築地本願寺境内(けいだい)の「九條武子夫人歌碑」には、彼女の歌が彫(ほ)られています。

 

おおいなる もののちからに ひかれゆく  わがあしあとの おぼつかなしや

 

 「自身で振り返る人生の足跡はおぼつかないものだけれど、他力(たりき)に導かれた生涯でした」。反抗をとおしてこそ紡(つむ)がれた言葉です。親鸞聖人の「恩徳讃(おんどくさん)」に感じられる懺悔(さんげ=自分の過去の罪悪を仏、菩薩、師の御前にて告白し、悔い改めること)と讃嘆(さんだん=仏や菩薩などの徳をほめたたえること)の響(ひび)きがあります。

白山 勝久(しらやまかつひさ)

1971年生まれ。東京教区西蓮寺候補衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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◎この度の新型コロナウイルス感染症によりお亡くなりになられた多くの方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、罹患されている皆様に心よりお見舞い申し上げます。さらに、特に高い感染リスクにさらされながらも懸命に治療・対策に当たられておられる医師・看護師をはじめとする医療従事者の方々に深く敬意と感謝を表します。

 大変な状況が続いていますが必ず終わりは来ます。今は何卒ご自愛くださいますようお念じ申し上げます。                          合掌

2020年4月の法話

[4月の法語]

お念仏というのは つまり 自分が自分に 対話する道

The nembutsu is the path by which I converse with myself.

曽我 量深(そが りょうじん)

[法話]

 「帰命無量寿如来 南無不可思議光 法蔵菩薩因位時......」 (「正信偈」  )

  坊守も好華も帰りが遅くなるって言ってたから、今日のお夕事は一人でお勤め。今日は4軒のご法事を勤めさせてもらいました。一日に4軒のご法事があるなんてめったにないこと。さすがに少し疲れたかな。

 

 「本願名号正定業 至心信楽願為因 成等覚証大涅槃......」

  お勤めは仏徳讃嘆。こうやってお勤めするってことは、仏さまのお徳をほめ讃(たた)えさせてもらってるんだよなあ。

 

 「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉回入......」

  そういえば好華のやつ全国大会出場が決まったって言ってたなあ。高校のESSクラブに全国大会があるなんて知らんかったなあ。どうやって勝敗決めるんやろ。当然全部英語だよなあ。きっと大会を観に行っても何しゃべってるんだかわからんよなあ。全国から英語の得意な高校生が集まってくる大会かあ。そんな高校生と、こんな山口の田舎の高校生が相手になるのかねえ。

 

 「一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 仏言広大勝解者......」

  そういや「おめでとう」の一言も言ってないなあ。

 

 「弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生 信楽受持甚以難......」

  なんて言ってほめればいいかなあ。「よくやった、英語上手くなったなあ」って言えるほど聞いてないしなあ。まあ「よかったね、おめでとう」ぐらいだよなあ、言えても。

 

 「宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽 顕示難行陸路苦......」

 人のことほめるって難しいなあ。50年間生きてきたけど、いったい人のことどれぐらいほめたんだろう。好華のことほめるのも、あっという間に終わりそうだよなあ。

 

 「得至蓮華蔵世界 即証真如法性身 遊煩悩林現神通......」

  ちょっとまてよ。人の悪口って、今までどれだけ言ってきた?

 

 「惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃 必至無量光明土......」

  悪口はめちゃくちゃ言ってきたよなあ。だってついこの前もお酒の席で◯◯の悪口を散々言っちゃったし。え~と30分。いや一時間ぐらいは平気で悪口言った気がする。ほめるのはちょっとしか出ないのに、悪口だったらいくらでも出てくるんじゃ。

 

 「極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩鄣眼雖不見......」

  悪口だったらいくらでも出てくる私が、いまこうしてご法事のご縁をいただいているからこそ、仏さまをほめ讃えさせていただいているんだなあ。尊いお育てをいただいているんだなあ。

 

 「なーもあーみだあぁんぶ なーもあーみだあぁんぶ」

  しかし悪口言わないほうがいいってわかってても言っちゃうよね。

 

 「なーもあーみだあぁんぶ なーもあーみだあぁんぶ」

  ほめられて嫌な人なんていないよねえ。だってその人の居場所を作っているのと同じことだもんなあ。でもそれもなかなかできない。なぜだ。どうして悪口はいくらでも出てくるんだ。

 

 「五十六億七千万 弥勒菩薩はとしをへん......」

  悪口を言うってことの裏返しは、自分は悪くないって主張をしてるんだろうなあ。悪いのは私じゃない、あの人が悪いって。そうして自分で自分の居場所を作ろうとしているんだろうなあ。

 

 「真実信心うるゆへに すなはち定聚(じょうじゅ)にいりぬれば......」

  阿弥陀さまがすでに私の居場所を、ご用意くださっているのに。阿弥陀さまがご用意してくだっている居場所、正定聚不退(しょうじょうじゅふたい=まさしく往生することが決定した人々)の位になんの不満があろうか。なのに、なお人の悪口まで言い自分の居場所を作ろうとする私なんだよなあ。

 

 「五濁悪世(ごじょうくあくせ)の有情(うじょう)の 選択(せんじゃく)本願信ずれば 不可称不可説不可思議の 功徳は行者の身にみてり」

 仏徳讃嘆させていただきながら、我が身の罪深きことを知らされるのも、阿弥陀さまの功徳のおかげだなあ。

 

 「願わくはこの功徳をもって 平等に一切に施(ほどこ)し

 同じく菩提心を発(おこ)して 安楽国へ往生せん」チーン

 

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

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2020年3月の法話

[3月の法語]

本当のものが わからないと 本当でないものを 本当にする

When you don't understand the real thing, you take the unreal the real.

安田 理深(やすだりじん)

[法話]

 この言葉の後は、安田理深(やすだりじん:1900~1982 仏教学者、真宗大谷派)師の『講述「化身土(けしんど)巻」』(東海聞法学習会)の中では次のように続いています。

 

仏智(ぶっち=仏の円満な智慧)がわからないと、それならやめておこうというわけにいかない。仏智がわからんと、今度は理性を仏智にする。こういうことが出てくるのでないか。

 

 この文章から推測すると、「本当のもの」とは仏智であり、「本当でないもの」とは理性ということになります。理性という言葉の厳密な意味は私にとって難しいですが、ここで安田師が言われている理性とは、「こうだとすると、こうに違いない」と、自分の経験を基(もと)にして結論を推測することだと思います。それはとても大事な人間の能力ではあるのですが、問題は、単なる推測であるにもかかわらず、それを「本当のもの」、あるいは「本当のこと」としてしまって、その結論を「本当である」と捉(とら)われてしまうところにあるのです。

 

  私たちの日暮らしの中でも、「自分の経験してきたことこそ間違いないことだ。それは自分だけでなくどんな人にも通用することだ」と勝手に物事を決めつけて、それを自分でそう思い込むだけでなく、さらには人にも押し付けてしまうことがあるのではないでしょうか。その結論を「思い込みに過ぎない」と容易に気づくことができたとしたら、人間関係上において起こってくるさまざまなトラブルはかなり少なくなるような気がします。それほど、一度決めてしまった結論が「私の思い込みに過ぎなかった」と気づくことは、私たちにとっては極めて難しいことなのかもしれません。

 

 先程の安田師の言葉は、さらに次のように続きます。

 

仏智がわからないと、仏智はこういうものだと決めたら、これは仏智にならないのでないか。仏智でなしに、仏智の教理(きょうり=宗教で真理とする理論)でしょう。

 

 このことは仏教だけに限らないと思います。私たちが何を学ぶにしても、それを学び続け、ある程度の自信がついてくる時、自信と共にそこに何か「おごり」のようなものが必ず出てくるのではないでしょうか。「わかったつもり」になっているだけで、実は本当はよくわかっていない。しかし、その〈つもり〉が邪魔をして、もう一度、自分が学んだことを問い直し、学び直すということがなくなってしまうのです。

 

 北陸地方で安田師がお話される聞法(もんぽう)会がありました。安田師のお話の後、師を囲んでの座談(ざだん)会があり、私の父はその座談会に参加していました。その父から聞いた話ですが、座談会に参加していたある聞法熱心な方に安田師はこのように言われました。「君は何でもわかった〈つもり〉で生きているんじゃないかね?」。

 

 するとその方はあわててこう言い返したそうです。「私は決して〈つもり〉で生きている〈つもり〉はない!」と。

 

 仏智とは、「あなたは何でもわかった〈つもり〉で生きているのではないか」という仏から我われへの問いかけなのではないでしょうか。

平野 喜之(ひらのよしゆき)

1964年生まれ。金沢教区淨專寺住職。

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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◎現在(2月29日)新型コロナウイルス感染症(COVIT-19)の問題が社会や生活に大きな影響を与えています。国内感染者の増加に伴って、多数の人が集まるようなスポーツ・イベント等の中止・延期、全国の小中学校休校要請等々、また今後経済への影響も懸念されています。政府の対応にもいろいろと問題があるかと思いますが、今はそれを批判するのではなく一人一人が何をするべきかを冷静に判断するべきです。テレビのワイドショー・SNSなど真剣に情報を発信してくれるものもありますが、不安をあおり視聴するだけでストレスを感じる内容のものも少なからずあります。また長時間テレビやインターネットの画面ばかり視ていて健康を損ねては本末転倒といえましょう。それに比べて(政府の肩をもつわけではありませんが)首相官邸・厚生労働省のホームページにはかなり具体的な対策内容が分かりやすく公開されています。今月の法語「本当のものがわからないと本当でないものを本当にする」はまさに今の私たちに向けられた言葉のように感じられます。何とか乗り越えていきましょう。

合掌