松樹山、西善寺。大阪府大阪市福島区、真宗興正派のお寺です。

〒553-0003 大阪市福島区福島3-4-4
TEL 06-6451-7966 / FAX 06-6458-9959

今月の法話

2020年1月の法話

[1月の法語]

人も草木も虫も 同じものは一つもない おなじでなくて みな光る

While men and plants and insects all differ,

the Buddha's inner light shines forth in all.

榎本 栄一(えのもと えいいち)

[法話]

 元号が平成から令和に変わり一時が過ぎました。令和には「人びとが美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」、「一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる」という願いがあるそうです。

 

 さて、私たちはこの願いに対してどのように生きていくのでしょうか。歴史を振り返ると、聖徳太子(しょうとくたいし)が十七条憲法の第一条に「和(やわ)らかなるをもって貴(とうと)しとし、忤(さか)うること無きを宗(むね)とせよ(=お互いの心が和らぎ、協力し合うことが尊いことでありむやみにこれにさからう(反抗)することのないようにしなさい。それが根本的な態度であるべきである。)」(真宗聖典九六三頁)と定めたように、私たちはいつの時代も「和」を求めているように思います。しかし、いつの時代も貴ばれ求められているということは、それほどに「和」が実現困難なものであるともいえます。それは私たちが思う「和」とは、「我」、つまり自分の都合が出発点となっているからに他なりません。不思議なもので、周りの人たちと足並みを揃(そろ)えている時にそれを乱す人がいると、その人は即座に攻撃・排除の対象になります。和を求める心の裏には、私の和を乱したくないという自分の都合が働いているのでしょう。だからこそ、自分の都合が前提にある和は、争いの原因にもなっていきます。そこには、自分の和こそ正しいとして、それをかえりみることがない愚(おろ)かさがあるのではないでしょうか。和を求める私たちは、その根にある我の愚かさに気づきません。和であっても争いであっても、どちらも自分の都合に縛(しば)られているのです。この私たちの都合が、奥深くにある真の「和」を見えなくしているのでしょう。では、真の「和」とはどのようなものなのでしょうか。

 

 釈尊(しゃくそん=迦牟尼世(しゃかむにせそん)の略、釈迦牟尼(お釈迦様)の尊称)は、誕生してすぐに花園の中を七歩歩かれ、右手を天に、左手を地に指差して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」と宣言されました。これは、六道(ろくどう)(※)という我の分別(ふんべつ)を超えた先に開かれる「和」の世界を示したものといえるでしょう。私たちはどこまでいっても自分の都合から逃れることはできません。だからこそ、我を根拠にするのでなく、宗教的根拠に立つものでなくてはならないのです。唯我独尊とは、そのような自分の都合が破られた先にある、人間としての尊厳と自分を生きるいのちの尊さの発見といえるでしょう。それは、自分が一番と誇(ほこ)ることではなく、自分も他人も草木も虫も等しく通じるいのちの尊さに呼び覚まされた、頭の上げようのない自己発見の驚きと喜びを表現しています。

 

一一のはなのなかよりは

三十六百千億の(※※

光明(こうみょう)てらしてほがらかに

 いたらぬところはさらになし

(一輪一輪の蓮の華の中からは、三十六百千億(=無数)の光明が放たれて、朗(ほが)らかに、どこまでもとどかないところはさらさら無いのであります。)

(「浄土和讃」真宗聖典四八二頁)

 

 青色は青く白色は白く、大きいものは大きく小さいものは小さく、それぞれの華が光り輝くように咲き誇りお互いに照らし合う花園の世界、それはまさにいのちがすべて友達だという世界ではないでしょうか。そのような自立と連帯が確立された世界こそ、我を挟(はさ)む余地が全くないほど広大な真の「和」といえるのでしょう。

 香月 拓(かつき たく)

1980年生まれ。仁愛女子短期大学准教授。 福井教区永臨寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

(※)「六道」:人間が善悪の業(ごう=行為)によっておもむき住む六つの迷界。すなわち、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天。この六道の間を生まれかわり死にかわりして、迷いの生をつづけることを「六道輪廻(ろくどうりんね)」という。

(※※)「三十六百千億の」:(極楽)浄土の蓮の華には百千億の花びらがあり、その花びらに青・白・玄(くろ)・黄・朱・紫の六つの光があって相互に照らしあうから六×六=三十六の百千億の光となる。

houwa202001

今年の法話(2020年)

[今年の法語]

悲しみの 深さのなかに 真のよろこびがある

Within the depths of sorrow there is true joy.

瓜生津隆真(うりゅうづ りゅうしん)

[法話]

 お母さんは突然亡くなった。弘子の3歳のお誕生日から年末年始と、楽しい日々がまだまだずっと続くように思えた1月8日。博多にはめずらしい積雪の日のこと。早朝、お父さんを勤め先へ送り出して、一緒におでかけする予定だったのに、お母さんは「ちょっと気分が悪か」とお布団に横になったきり、もう二度と動くことはなかった。突然の脳内出血。即死状態だったそうだ。当時の弘子にはまだ死ということがわからなかった。ただじっと、お母さんが動くのを枕元で待っていた。

 

 そのうちに喉(のど)が渇(かわ)いてきた。何か飲みたいとお母さんを揺(ゆ)り動かしたが、まったく動く気配(けはい)がない。流しの蛇口(じゃぐち)も弘子の背丈(せたけ)では手が届かない。周(まわ)りを見渡すとちゃぶ台に水差しがあった。「お母さんも飲むかなあ」コップに移してまず自分が飲んだ。もう一杯お母さんの分も入れた。「入れたよ」とお布団を引っ張ったが動かない。やがてお腹も空いてきたけど、見えるところに食べるものは何もなかった。

 

 朝起きる。用を足す。顔を洗う。お着替えをする。ご飯を食べる。おでかけする。遊ぶ。ご本を読む。お片付けをする。お風呂を焚(た)く。お布団に入る。寝る。すべてがお母さんと一緒。あたりまえのように過ぎていた弘子の日常は、昭和十四年一月八日で突然止まってしまった。

 

 弘子は、佐賀に住む祖父母の家で暮らすことになった。祖父母はとても優しく、弘子を大切にしてくれた。

  「お母さんは仏さまになんしゃったけん、もう見たり触(さわ)ったりはできんばってん、弘子の中にはちゃんと仏さまでおってくださる。お母さんの弘子を呼ぶ声ば覚えとうね? その声ば思い出してんごらん。いつでも弘子と一緒やけんね」

  お父さんと離れさびしかったが、心の中でお母さんがいつも一緒と思うと、温かい気持ちになることができた。

 

 祖父母は、人さまから何か物をいただいたときは、いつも必ずお仏壇にお供えをした。

  「まあ、こげん良かもんばくださって、さっそくお供(そな)えさせてもらいます」

  仏さまにありがとうと手を合わせながら、祖父はいつも、「弘子んお母さんにありがとうば言えんかったけんね、しっかりありがとうば言おうね」と、手を合わせていた。弘子も祖母も一緒に手を合わせた。

 

 手を合わせる生活を大切にする中で、弘子はやがて、お母さんが一緒にいてくれたことが、あたりまえのことではなかったんだと気づかされた。お父さんがいてくれることも、祖父母がいてくれることも、近所の人、友達がいてくれることも、弘子を取り囲むご縁は、すべて感謝すべきことばかり。それ以来「ありがとう」が、自分の人生をよろこびへと変えてくれる言葉になった。

 

 弘子にとってお母さんが死んだことは、つらく悲しい出来事に変わりはない。けれどお母さんは仏さまとなって、人生で本当によろこぶべきことが何かを教えてくれた。

  これを一生大切にしようと思う弘子だった。

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

 浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、

グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

本年(令和2年)の法語カレンダー(真宗教団連合)のテーマは「わたしの歩み」ということです。これまでに掲載されてきたご法語の中から、お念仏を称え、人生を生きぬかれた先師のお言葉を選定されました。日々の生活の中で味わいながら、共々にお念仏を申し歩んでまいりましょう。

hougo2020

2019年12月の法話

[12月の法語]

信心あらんひと むなしく生死(しょうじ)にとどまることなし

Anyone who has the entrusting heart never meaninglessly remains

in the world of birth-and-death.

『一念多念文意』

[法話]

この法語は、親鸞(しんらん)聖人(しょうにん)が85歳の時につくられた『一念多念文意(いちねんたねんもんい)』という仮名文(かなぶみ・かなぶん=仮名で書いた文章や手紙)に見える一節です。

 

聖人は晩年、京都へ帰られてからは関東の門弟たちを気遣い、とくに84歳の時には、「信心(しんじん)」の問題をめぐって、わが子善鸞(ぜんらん)を義絶(ぎぜつ)するという痛ましい目に遭(あ)われました。そういう苦悩を背負って、「お聖教(しょうぎょう)」をとおして門徒衆(もんとしゅう)とともに、精魂こめて信心を確かめられたのですね。そこには、晩年の聖人にとって、「信心」こそがかけがえのない大問題であったことが、よく伺(うかが)えるのです。

 

私は最近、体力も精神力も衰え、米寿(べいじゅ=88歳))に近づくという《はかなさ》を感ずるようになりました。それは間違いなく死期に近づいているという不安・おそれでもあります。その不安は誰かに語るのは難しく、孤独感に陥(おちい)ることでもあります。そこで「生きる目標」「人生の目的」といった終生(しゅうせい)の課題が、見えにくくなりながら、しかも一層重くのしかかってくるのです。そしてその課題とは、親鸞聖人の「信心によって、むなしく生死にとどまらない」生き方として、私に語りかけてくださることでなければなりません。

 

ここに掲載されたのは、「一念か、多念か(=信のこもった念仏であれば一度でも称えれば浄土に往生できるのか、数多くの念仏の行を積まなければならないのか)」をめぐる問題を論ずる中で、天親菩薩(てんじんぼさつ 別名 世親 4~5世紀 北インド 七高僧の一人)の『浄土論(じょうどろん)』にある「観仏(かんぶつ)本願力(ほんがんりき) 遇無空過者(ぐむくかしゃ) 能令速満足(のうりょうそくまんぞく) 功徳大宝海(くどくだいほうかい)」(=阿弥陀仏の本願にあうならば、誰でも空しく過ぎることはない、必ず仏の功徳の一切が、本願を頂いた人の上に、速やかに満たされるであろう)(真宗聖典137頁)の偈頌(げじゅ=仏教の真理を詩の形で述べたもの)を引用し、その意味をやさしい言葉にかみくだいて、説明されている部分です。

 

まず「観」についてですが、この文字は、大乗仏教(だいじょうぶっきょう)(註)においては、最も大切な修行法をあらわす言葉でありました。特に、聖人は天台宗の比叡山で長い間修行されましたが、その中心は「止観業(しかんごう)」という、精神を一点に集中して、わが「仏性(ぶっしょう=人間が本来もっている仏としての本性)」とか「真如(しんにょ=この世界の普遍的な真理)」とかを自覚するという、最も厳しくわが心身を観察することでありました。ところが親鸞聖人は、その「観」について

 

「願力(がんりき)をこころにうかべみるともうす、またしるというこころなり」

 (阿弥陀如来の本願のはたらきを心に思い浮かべて見るということであり、また知るという意味である)

(『一念多念文意』真宗聖典543頁)

 

と教えているのです。つまり「仏さま」を「わが眼(まなこ)をもって観(み)る」よりも、仏さまの本願・慈悲が私に「はたらき続けてくださる」ことに気づく、という意味に受け取られたと思われるのです。したがって「遇(もうあう)」もまた、「本願力を信ずるなり」と了解されたことは、本願力を憶念(おくねん=心中に絶えず思い念ずること)し仰信(ぎょうしん=うやまい求め信ずること)することが、「功徳大宝海を速やかに満足せしむ」ことだと受けとめられたからでしょう。

 

そこに、人間の生きる目的、「信心に生きる」ことを、はっきりと示してくださっていることを、あらためて考えてみなければならないと思います。

福島 光哉(ふくしまこうさい)

1932年生まれ。大谷大学名誉教授。大垣教区永壽寺前住職。

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

[今月の法語 現代語訳]

「信心を得た人は、いたずらに迷いの世界を生まれ変わり死に変わりすることはない」

 

(註)「大乗仏教」

紀元前後頃からインドに起こった改革派の仏教。従来の仏教が出家者中心・自利中心であったのを小乗仏教として批判し、それに対し、自分たちを菩薩と呼び利他中心の立場をとった。東アジアやチベットなどの北伝仏教はいずれも大乗仏教の流れを受けている。

 

◎師走に入り慌ただしい時期になりました。今年は平成から令和へと元号が変わりおめでたいことも多かったのですが、東日本を襲った台風や豪雨災害に心を痛めた年でもありました。改めまして被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早くの復興をお念じ致します。今年も多くの皆様にお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。合掌

2019年11月の法話

[11月の法語]

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし

To encounter a true teacher is difficult even among difficult things.

『高僧和讃』

[法話]

親鸞(しんらん)さまは9歳の春、出家されお坊さまになられました。それから20年、比叡山(ひえいざん)で勉学修行をされましたが、さとりを開くことができず、法然(ほうねん)さまのもとでお説教をお聴聞(ちょうもん=法話、説教などを聞くこと)されたと伝わっています。

 法然さまは43歳のときに、阿弥陀(あみだ)さまのお救いに遇(あ)うことを得て、お念仏のみ教えをお説きになっていたと伝わっています。

 

多くの歴史資料が遺(のこ)されていないなかで、明確にわかっていることから思いを馳(は)せてみましょう。

 

親鸞さまご自身が、「29歳の時に、念仏(ねんぶつ)以外の行(ぎょう)を捨てて、阿弥陀さまのご本願(ほんがん=阿弥陀如来が過去世(かこぜ)において立てた衆生救済の誓い)のお救いに帰依(きえ=神仏を信仰して,その力にすがること)いたしました」とのことを、 お書きになっています。

 

親鸞さまと法然さまが、40歳違いであることは明らかになっています。

お二人のご年齢から、少し時の流れを整理してみましょう。

 

法然さまが43歳から、お念仏の み教えを説いてくださっていたとすると、当時、親鸞さまは3歳。9歳で出家され、20年の仏道修行。29歳で、師・法然さまから阿弥陀さまのお救いをお聞きし、お念仏のみ教えに遇うことができました。当時、法然さまは69歳。

 

法然さまがお念仏のみ教えを説いてくださって、すでに26年の月日が流れていました。それも同じ京都においでになったのに...。

み教えに遇うことがどれほど難しいことかを思わせていただく、一端です。

 

あの親鸞さまが20年間、すぐ近くで阿弥陀さまのお救いが説かれていても、遇うことができなかった。そのことに思いを致すと、遇うことの難しさを痛感します。

 

親鸞さまは「あいがたい」ことを示すのに「叵(かたい)」という不可の意を表す文字を用いていらっしゃいます。

 

単に遇うことが難しいという意味ではないのです。「遇うことは不可能だ」、私の思いや努力で、遇うことはできないことだったとお示しになっています。

 

本来は決して遇うことができないはずのみ教えに、いま遇うことができた。それは私の努力によるものではない。阿弥陀さまのお手回しによってはじめて遇うことができた。

 

「遇うことはかたい」というこのおことばの奥には、阿弥陀さまのおかげで、遇うことができたという大きなよろこびがありました。

 

自らの努力で遇えるのではない。阿弥陀さまのおはたらきによって、いま遇うことができた。

 

これが浄土真宗・阿弥陀さまのお救いです。

葛野 洋明(かどのひろあき)

 龍谷大学(大学院)実践真宗学研究科教授。本願寺派布教使。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

[今月の法語について]

「真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻(るてんりんね)の

きはなき(際なき)は 疑情のさはり(障り)にしくぞなき」の前半部

(現代語訳)真実の知識(善知識(ぜんぢしき=仏教の道理を説いて、仏道に縁を結ばせる人、親鸞聖人にとっては法然聖人のこと))に出会うのは、難しいことの中でも特に難しい。迷いの世界を果てしなく生まれ変わり死に変わり続ける(=流転輪廻)のは、まさしく本願を疑うというさまたげ(=障り、障害)によるのである。

houwa201911

2019年10月の法話

[10月の法語]

「信心」というは すなわち本願力回向(えこう)の信心なり

Shinjin is the entrusting heart that is directed to beings through the power of the Primal Vow.

『顕浄土真実教行証文類』「信巻」

[法話]

「『他力(たりき)の信(しん)』と『他力(たりき)回向(えこう)の信心(しんじん)』とは、まったく異なった事柄である」。

 

最初、このことを聞いた時、私は驚き、違和感を持ちました。その時まで、自分の心で他力(阿弥陀如来のすべてを救おうとする願い・誓い(=本願)のはたらき)を信じると思い込んでいたからです。「他力の信」とは、「私が他力を信じる」という立場です。ところが「他力回向の信心」とは、私が信じる心も他力のはたらきであるという立場です。この二つの区別が、私の人生にとってどれほど大きな意義をもつか、少しずつ思い知るようになります。

 

私たちは自分の心に、何を信じるか、何を信じないかを選ぶ能力があり、また決定する自由があるのだと思い込んでいます。しかし、そのような自分の心によってつくりあげた信は、自分の都合で変えることでき、また現実によって崩(くず)れるので、真の依(よ)り処(どころ)にはなりません。自分の心は、病気になれば変わってしまい、死によって消えてしまいます。自分の心には、老病死によっても壊れない信心は成り立たないのです。

 

私たちの心はみな、虚構(虚妄分別(こもうぶんべつ=物事の真相を間違えたまま理解し、判断すること))という病に罹(かか)っています。その心によってつくりあげた信も、虚構という病に感染しています。それゆえに、みずからに酔う独善的な信仰となり、善悪にとらわれた排他的な信条となります。自分の知識や心情や体験などにとらわれて、理解の浅い人を排除し、感動の無い人を差別し、意欲の弱い人を非難するのです。

 

源空聖人(げんくうしょうにん)(法然上人(ほうねんしょうにん))のもとで学んでおられた親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、すべての人に平等な信のあり方を言い当てることができないもどかしさの中で苦しんでいました。その時、源空聖人から驚くべき言葉を聞きます。

 

源空(法然)が信心も、如来(にょらい)よりたまわりたる信心なり。善信房(ぜんしんぼう)(親鸞)の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり。(=この源空(法然聖人)の信心も阿弥陀如来からいただいた信心です。善信坊(親鸞聖人)の信心も阿弥陀如来よりいただかれた信心です。だからまったく同じ信心なのです。)

 (『歎異抄(たんにしょう)』真宗聖典639頁・丸カッコ内は筆者)

 

智慧(ちえ)も才覚も、男も女も、生まれも育ちも、どのような価値も資格も必要としない、誰にとってもただ一つの信心、私たちの心の事実でありながら、私たちに属しておらず、また私たちの心に生じるけれども、私たちの心から生まれたのではない信心、そのような信心は「如来(にょらい)よりたまわりたる(=阿弥陀如来からいただいた)」と表現されなければならない。

この「おおせ(=おことば)」を親鸞聖人は畢生(ひっせい=命の終わるまでの間。一生涯。終生)の課題とされ、天親菩薩(てんじんぼさつ=北インド・4~5世紀 七高僧の一人)の『浄土論(じょうどろん)』によって、「如来より」とは「本願力(ほんがんりき)」であり、「たまわりたる」とは「回向(=浄土真宗では阿弥陀如来がその徳を人々にふりむけて救済の手をさしのべること)」のはたらきであると厳密に表現してくださったのです。

 

正直なところ、「本願力回向の信心」というむずかしい表現は、私の平穏な生活には縁遠いものでした。しかし心の持ち様などではどうすることもできないできごとがおこり、生きる根拠を揺り動かす不安に出遭(であ)い、これまで何を信じていたのか、信じるとはどういうことか、がわからなくなった時、この「『信心』というはすなわち本願力回向の信心なり」という確かめが持つ大切さを、思い知るようになりました。

 

真実に目覚めることは、真実からの呼びかけによるしかない。この単純簡明な道理に立つことが、私たちとってはきわめて困難なのです。「本願力回向」という表現は、この困難さに深く思いをいたし、涙した人からの贈り物です。

 

この法語は、私たちに、自分の心で他力を信じるという思いこみを省(かえり)みなさい、「他力回向の信心」以外に信心はない、ただ如来の呼びかけを聞くものとなりなさい、と促(うなが)しているのです。

加來 雄之(かく たけし)

1955年生まれ。大谷大学教授。日豊教区淨邦寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

2019年9月の法話

[9月の法語]

わがこころよければ 往生すべしとおもうべからず

You should not think that you deserve to attain birth because you are good.

『親鸞聖人御消息』(『親鸞聖人血脈文集』)

[法話]

アメリカのロサンゼルスに本願寺の別院があります。30歳になる頃まで開教使(かいきょうし=アメリカ、カナダ、ブラジルなど日本国外の寺院・仏教会において、国際伝道活動に携(たずさ)わっている僧侶)としてお世話になっていました。まだまだ若かった私に、開教使として僧侶として、いや念仏者としてさまざまにお育てくださった先輩の先生がいてくださいました。

 

日本に帰国してからのことです。お世話になった先生が、久しぶりに日本に来てくださいました。お世話になった方ですもの、ご馳走(ちそう)をしておもてなしをさせてもらおうと一大決心しました。

 

アメリカでも、すでに「スキヤキ」は定番のメニューとなっています。でも日本で本場の美味しいすき焼きをお腹いっぱい食べてもらおうと、すき焼き屋さんにご招待いたしました。

 

御礼も申しあげたいと思ってのおもてなしです。特上のすき焼きをトントンと注文して、お肉もドンドンお替わりしてもらって...。もう美味(おい)しいのなんのって。お腹いっぱいで大満足!

 

さて、問題はここからです。美味しくたくさん頂戴(ちょうだい)しました。

すると、帰り際にニッコリと微笑んで待ってくださっている方がいます。そうです。お会計をしてくださる方です。

 特上すき焼きをたっぷりと頂戴したんです。それはそれは、お支払いもたっぷりでした。

 美味しいものをたくさん食べれば、当然お支払いも大きい。お支払いを小さくすると、それなりにしか食べられません。

 

すき焼きのお話をしたかったのではありません。私たちの心は、自分のしたことに比例して、得したり損したりすると考えるほかはないのです。

 

損得勘定をして、これだけやれば大丈夫と思い、これだけしかできなかったらダメだろうと考える。結局は自分の心で物事を判断していくしかないのが私たちです。しかもその心はコロコロと移り変わっていく。そんな私の心で、これで良しと思ってみても、たいしたことはありません。

 

阿弥陀さまのお救いは、私たちの元々の考え方を翻(ひるがえ)させて、この阿弥陀如来(あみだにょらい)の救いを受け入れさせてみせると、至り届いてくださいました。

 

私たちは、もともと持っていた「自分の心を頼りにする」思い、つまり迷い続けていくしかない私の心を、自分で翻すことができません。

 

その迷い続ける私を翻させるのは阿弥陀さまです。

 

いまこの阿弥陀さまによって、私の心が翻されて、必ず救うという、阿弥陀さまの救いの確かさが、私の救われる安心となるのです。

 

これが浄土真宗・阿弥陀さまのお救いです。

葛野 洋明(かどの ひろあき)

 龍谷大学(大学院)実践真宗学研究科教授。本願寺派布教使。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

[註]『親鸞聖人御消息(ごしょうそく)』

親鸞聖人が関東の同行(門弟)などに宛(あ)てた書簡(手紙)を収録・編纂した書。浄土真宗の肝要(非常に大切なところ)がいたるところに示されている。

houwa201909.png

2019年8月の法話

[8月の法語]」

涅槃(ねはん)の真因(しんいん)は ただ信心をもってす

The true cause of attaining nirvana is the entrusting heart alone.

『顕浄土真実教行証文類』「信巻」

[法話]

「涅槃(ねはん)」は寂滅(じゃくめつ)とか寂静(じゃくじょう)と訳され、煩悩(ぼんのう)の火が完全に消されたような、仏のさとりの境地(きょうち)をあらわす法語であります。いわば、仏道をこころざす者の究極(きゅうきょく)の目標としての世界と言えます。厳しい修行をとおして、煩悩を断(だん)じ尽くした末に得られるべき境地として伝えられてきました。

 

ところが、この宗祖(しゅうそ=親鸞聖人)のお言葉は、そのような仏のさとりの境地ともいえる涅槃寂静の世界に到る真(まこと)の因となるのは、ただ信心一つであると言われるのです。

 

今、このお言葉に重ねて思われるのは、私たちが毎日のおつとめとして親しんでいる「正信偈(しょうしんげ)」の中の、「能発一念(のうほついちねん)喜愛心(きあいしん) 不断煩悩(ふだんぼんのう)得涅槃(とくねはん)」(ひとたび阿弥陀如来の本願を信じて、その救いを喜ぶ人は、自ら煩悩を断ち切らないまま浄土でさとりを得ることができるのです。)の文です。

 

蓮如上人(れんにょしょうにん)は『正信偈大意(しょうしんげたいい)』でこの文を、

 

「「能発一念喜愛心」というは、一念(いちねん)歓喜(かんぎ)の信心を申すなり。「不断煩悩得涅槃」というは、不思議の願力(がんりき)なるがゆえに、わが身には煩悩を断ぜざれども、仏のかたよりはついに涅槃にいたるべき分(ぶん)にさだめましますものなり」。(真宗聖典751頁)

 

と釈(しゃく=解釈)されています。

 

念仏(ねんぶつ)申す生活の中に開かれてきた思いもよらぬ信心、その感動を「能発一念喜愛の心」と言われ、そしてその内容が、「煩悩を断ぜずして涅槃を得る」という世界でした。

 

煩悩の心を断じ尽くしてこそ得られるのが涅槃の境地であると思っていたが、あにはからんや、そうではなかった。煩悩の身が何ともならぬこの身の事実への悲嘆と慙愧(ざんき=恥じ入ること)の心とともに、その凡夫(ぼんぶ)の身を丸ごと受けとめていける世界があったのだ、という驚きであります。「涅槃にいたるべき分」というのは、いただくはずのない涅槃にいたるべき身を、念仏申す生活の中に賜(たまわ)るのだという、そのような感動を、この「正信偈」の文はあらわしているのでしょう。

 

亡くなられて早十年になります宮城(みやぎ) 顗(しずか)先生は「不断煩悩」を「不得断(ふとくだん)」とよまれました。この「不得断」に、煩悩を断じ得ざる悲しみがあるのだと。この悲しみ、わが身への悲嘆の心をとおして、その身を静かに受けとめて生きていける世界を、念仏の信心に賜るのであると教えてくださいます。

 

超高齢の身をかかえて「自分の体ひとつが何ともならない」と、嘆き愚痴をこぼしながら、その身を懸命に受けとめようとしている義母の姿に日々接しながら、何かこの「涅槃の真因は、ただ信心をもってす」の文、そして「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃」の文が思われてきます。

 

この苦悩多き人生、煩悩の尽きることのなき身をかかえて、その身の事実から逃げることなく、しみじみと受けとめていける人生が、 称名(しょうみょう)念仏(ねんぶつ)の道としてすでに開かれていた、その確かさと驚きを、この法語は教えてくださっているのではないでしょうか。

黒田 進(くろだ すすむ)

1944年生まれ。元修練道場長。長浜教区満立寺前住職。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎今月はお盆です。お盆は正しくは「盂蘭盆(うらぼん)」といいます。古いインドの言葉の「ウランバナ」の音訳で、「倒懸苦(とうけんく)」、つまり「逆さ吊りの苦しみ」を意味します。『盂蘭盆経』というお経には、わが子ゆえに餓鬼道に落ちて倒懸の苦しみにあえぐ母親を必死に助け出そうとする目蓮尊者(もくれんそんじゃ=十大弟子の1人)がお釈迦様の教えに出遇って救われたという因縁が説かれています。

 浄土真宗では盂蘭盆会(うらぼんえ)のことを歓喜会(かんぎえ=よろこびのつどい)とも申します。またお盆に仏前に供物・果物等を供えることは致しますが、他宗のように特に精霊棚を設けたり、供物や灯ろうを流したりは致しません。浄土真宗では一切の仏事は「聞法」と「報恩」の営みだからです。故人のご縁によってお盆を迎え、尊いみ教えに出遇うことのできた身のしあわせを喜び、御先祖に感謝のまことを捧げるのが、真宗門徒のお盆なのです。(真宗協和会「お盆のしおり」より抜粋)

2019年7月の法話

[7月の法語]

浄土真宗のならいには 念仏往生ともうすなり

The tradition of the true Pure Land teaching speaks of birth through the Nembutsu.

『一念多念文意』

[法話]

車を運転していると、信号に引っかかって、停車しなければならないときがあります。もちろん交通ルールを厳守するのは当たり前です。

 

でも、前の車までは青信号で、自分のときに赤信号に変わったりすると、なんだか負けたような気がするのです。決して勝負しているわけではありませんが、なんで私の時に限って...と思うと、負けた気がするのです(私だけでしょうか?)。

 

そのなかでも一番、負けたような気がするのが、押しボタン式信号です。押しボタン式信号が赤になって停められたのに、誰も渡らないときがあります。

 「もう。誰や。押しボタン押したんは!どうしてここで止まらなアカンねん!完全に負けたァ」などと思うのです。

すみません。決して運転は勝負ではありません。安全運転に心がけなければなりませんね。でも私の偽(いつわ)らざる心境なんです。

 

私の人生にも、思いがけずストップがかかることがありました。少し体調が悪くなって寝込んだとき、大けがをして入院したとき、家族の死別に涙したとき、大小さまざまですが、日常の毎日の生活をいままで通りに送ることができなくなったことがあります。

 

その度に、「あ~あ」とため息をついたり、「こんな思いをいだくのかぁ」と深く思い煩(わずら)ったことがあります。でも、また日常の生活に戻ると、その思いを忘れています。

 

これからの人生にも、思いもよらなかったストップがかかることがあるんでしょうね。その最も大きなことが、私の人生が完全にストップさせられる、「私のいのちの終わり」の赤信号でしょうね。

 

その時に、「なんで私が...」「どうしてここで...」と悔(くや)しい思いをして、そして「負けたぁ!」と思うほかはないのでしょうか。

 

阿弥陀(あみだ)さまは、この私をお浄土(じょうど)に往(ゆ)き生まれさせ、この上ないさとりを開かせ、仏にさせると誓われました。そのお誓いのとおり、すべての用意を成しとげた「南無阿弥陀仏」となり、私に至り届いてくださいました。「南無阿弥陀仏」一つのお救いを聞きよろこぶ私たちは、お浄土に往き生まれていくいのちとなりました。

 

死は必然でありながら、自分の死としては未経験なことです。未経験なことがやってくると思うと、いろいろな不安がつきまといます。その意味では生きていることは恐れおののいて生きていくしかないのでしょう。

 

死を恐れおののいて生きていくしかない私に、阿弥陀さまは「必ずお浄土に生まれさせる」と誓いをたてられました。その誓いの通り救ってくださる「南無阿弥陀仏」のお救いをお聞かせいただくところには、死んで負けて終わるとしか思えなかったいのちから、「死ぬ」のではないお浄土に往き「生まれ」ていくいのちとならせていただいたのです。

 

「南無阿弥陀仏」一つのお救いをいただく私たちは、仏さまと成るいのちを、いま生きることができているのです。

これが浄土真宗・阿弥陀さまのお救いです。

葛野 洋明(かどのひろあき)

龍谷大学(大学院)実践真宗学研究科教授。本願寺派布教使。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

[註]:『一念多念文意(いちねんたねんもんい)』

 康元2年(1257)親鸞聖人85歳時の著。信のこもった念仏であれば一度だけでも称(とな)えれば浄土に往生できるとする主張(一念往生)と、数多く念仏を称える行を積まなければならないとする主張(多念往生)との論争が法然聖人門下におこり、親鸞聖人の門下にも及んだ。親鸞聖人は、一念・多念のどちらにこだわるのも、自力をたのむ心を捨てて阿弥陀如来に絶対的に帰依するという信心にそぐわないものとし、「浄土真宗のならいには念仏往生ともうすなり。またく一念往生・多念往生ともうすことなし(浄土の真実の教えでは、念仏往生というのである。決して一念往生ということも、多念往生ということもない)」と戒められた。

houwa201907

2019年6月の法話

[6月の法語]

無碍(むげ)の光明 信心の人を つねにてらしたもう

Unhindered light constantly illumines the person of the entrusting heart.

『尊号真像銘文』

[法話]

「正信偈(しょうしんげ)」の中に、

 大悲無倦(だいひむけん)常照我(じょうしょうが)(大悲倦(ものう)きことなく、常に我を照らしたもう=阿弥陀如来の大いなる慈悲の光明は飽(あ)くことなく常に照らしていてくださる)

という一節があります。これは、源信僧都(げんしんそうず=942~1017 浄土真宗七高僧の第六祖、恵心僧都(えしんそうず)と尊称される)によって著(あらわ)された『往生要集(おうじょうようしゅう)』の次の言葉をもとにして作られました。

 

大悲無倦(だいひむけん)常照我身(じょうしょうがしん)(大悲倦きことなくして、常に我が身を照らしたもう)

この「大悲無倦常照我身」の「常照我身」について親鸞聖人(しんらんしょうにん)が解説されたのが、「無碍(むげ)の光明、信心の人をつねにてらしたもう(=阿弥陀如来の何ものにもさまたげられることのない光明は、 信心の人を常にお照らしになるというのである)」という法語です。

 

「常照我身」の「常」とは、いつでも、どこでも、という意味です。さらに言うならば、だれにでも、ということでしょう。ですから、「我身」とは、源信僧都だけではなく、私たち一人ひとりに関わる言葉です。

 

この法語の中で注意したいのが、「我身」を「信心の人」と解説されていることです。親鸞聖人は、なぜ「信心の人」と一見限定するような言い方をされるのでしょうか。

 

そのことを考えた時、親になって初めて気づかされたことを思い出しました。

 

私が父親になって約十年。いつの間にか三人の子の親となりました。子どもたちにとって私がどのような存在なのか、また、父親としての役割をきちんと果たせているのかは正直わかりません。しかし、母親である妻が子どもたちと関わる姿をとおして、親とは何なのかを教えられることは、しばしばあります。

 

妻の生活は、朝起きてから夜寝るまで、すべてが子ども中心で動いています。食事のこと、洋服のこと、幼稚園・学校のこと、また、休みの日の予定など...。私は妻の姿をとおして、初めて、いつも子どものことを考えて生活しているのが親であることに気づかされたのです。と同時に、私自身もそのようにして両親に育てられたのではないか、と考えるようになりました。

 

では、両親の思いや願いに感謝しつつ生活してきたでしょうか。これまでのことを振り返ってみると、「親の心子知らず」という言葉があるように、両親が考えていることや、かけられる言葉がただただ煩(わずら)わしく、自分勝手な行動ばかりして歩んできたように思います。当時の私は、両親の思いや願いを本当の意味で感じ取ることはできませんでした。

それでは、いつ感じ取ることができるのでしょうか。それは、自分勝手な行動をしていても、いつも見守ってくれていることに気づいた時ではないでしょうか。気づけば、自然と感謝の気持ちが湧いてくるでしょう。

 

無碍の光明は、手を合わせる人も、そうでない人も、えらぶことなく常に照らしているに違いありません。しかし、手を合わさない人にとって、無碍の光明はどこにもありません。手を合わせて、南無阿弥陀仏と念仏申す人にこそ、「つねにてらしたもう」という実感があるのです。

 

そういう意味で、親鸞聖人が「我身」を「信心の人」と解説されるのは、無碍の光明が、他でもない、念仏申す私自身を常に照らしている、という主体的な受けとめをあらわすためではないでしょうか。

青木 玲(あおき れい)

1980年生まれ。九州大谷短期大学講師。久留米教区覺圓寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

[註]『尊号真像銘文(そんごうしんぞうめいもん)』

 親鸞聖人の著書。礼拝(らいはい)の対象である名号本尊(「南無阿弥陀仏」等)や祖師方の肖像画には、上部もしくは下部に聖典の言葉を讃文として記入する場合が多くある。これを銘文(めいもん)という。こうした讃文として引用される法語について解説されたもの。

houwa201906.png

2019年5月の法話

[5月の法語]

十方(じっぽう)の如来は

衆生を一子(いっし)のごとくに 憐念(れんねん)す

The Tathagatas of the ten quarters compassionately regard each sentient being

as their only child.

『浄土和讃』

[法話]

先日、久しぶりにやってしまいました。足の小指をタンスの角にガツンと打ちつけたんです。ご経験のある方はご存じでしょう。痛いですよね。打った瞬間に思わず手を当てて、「いたたたたたたぁ」と、痛みがおさまるまで押さえていました。

 

娘は私と似ているのか、同じようなことがありました。娘は肘をドアのノブでガツンと打ったのです。

 「痛~い、しびれたぁ」

 

私は愛のある父親です(と思っています)。ですから「大丈夫かっ?ケガしてへんか?かわいそうに...」と心配しました。自分も肘を打ってしびれた、痛い思いをした経験がありますから、 痛いことは知っています。

でも、本当のことを言うと、私の肘は少しも痛くないのです。

そうです。私たちはたとえ親子といっても、自分と他者です。

 気持ちや心は通っていたとしても、娘の痛みを完全に自分の痛みとすることはできないのです。

 

阿弥陀(あみだ)さまはちがいます。私の痛みを自分の痛みとしてくださる、それがさとりを開いた仏さまです。

 阿弥陀さまは私が傷つき痛みを覚えたなら、「大丈夫か?かわいそうに」と言うだけのお方ではありません。遠くから眺めているだけで「だいたい、あなたはそそっかしいから...」などと理由を告げて、「これから気をつけなさいよ」などと注意をし、課題を与えるお方ではありません。

 

自分が痛みを覚えたら、その痛みを放っておくことはできません。どうしてそんなことになったのかと理由を探ったり、これからどうすれば良いかなど課題を与える暇はありません。すぐに痛いところに手を当てて、その痛みを取り除こうとします。

 

阿弥陀さまが私たち一人ひとりを、わが一人子のように見てくださったと、聞きよろこんできました。親の一人子に対する愛情ををもってたとえられています。しかし、このおたとえは、単なる親の愛情ではなく、自分と他者を分け隔てしないさとりの境地が、その大元でありました。

 

いま、ここで、誰にもわかってもらえない痛みを覚え、苦しみに苛まれ、孤独を感じるほかない私に、「その痛み、苦しみ、孤独、全部この阿弥陀如来が引き受けた。必ず救う」と届いてくださっている。

 

これが浄土真宗・阿弥陀さまのお救いです。

葛野 洋明(かどの ひろあき)

 龍谷大学(大学院)実践真宗学研究科教授。本願寺派布教使。

 

本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載

◎ホームページ用に体裁を変更しております。
◎本文の著作権は作者本人に属しております。

 

◎「平成」が終わり「令和」という時代が始まりました。元号の呼び名が変わっただけで時間の流れや社会状況はこれまでと同じなのに新しい時代が到来するように感じてしまうのは何故なんでしょう。「昭和」と「平成」がよく比較されてきましたが、60年以上続いた「昭和」はもちろん30年あまりの「平成」も同じ状態がずっと続いたわけではありません。どちらの時代もひとくくりにして「昭和は~だった。」「平成は~だった。」と簡単には言えないと思うのです。

調べてみると元号が変わってきた(改元)理由として、

1.天皇の即位のため 

2.おめでたいことがあったため(ただし平安時代初期の頃まで)

3.地震や火災、飢饉、戦いなどによってもたらされた災いを改めるため

天皇の即位は別として、災いを克服するために用いてきた手段が「改元」だったようです。心機一転、新しくなれば何かが変わるかもしれないという期待感ですね。現在の「元号法」(1979年制定)では、「元号は皇位の継承があった場合に限り改める」となっていますが、私たちの気持ちの中には明治時代以前の「改元」の期待感が残っているのかもしれませんね。

テレビでは「ゆく年くる年」ではなく「ゆく時代くる時代」という特集をしていましたが、「令和」になってもどうぞよろしくお願い申し上げます。合掌

houwa201905.png