今年の法話(2026年)
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[今年の法語] |
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これからが これまでをきめる |
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How I live from now reveals how I have lived until now. |
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藤代 聰麿(ふじしろとしまろ) |
[法話]
どんな家に生まれたか。どこの学校を出たのか。どんな職場で、どんな地位にいたか。どんな資格を持っているか。社会における人間の評価は、およそ履歴書で判断されます。学歴や、経歴を誇れる人は、世間の期待を受け、大手を振って道を歩けますが、誇れる学歴も経歴もなく、つらい過去を持つ者は、差別に満ちた格差社会の中で、耐えて生きるしかない現実があります。世間の常識から言えば、「これまでが、これからを決める」のでしょう。
しかし、よくよく考えてみると、もし、履歴書によって未来のすべてが本当に決まるのなら、優等生しか助からないことになり、仏教が目指す万人平等の救いは、成り立たなくなってしまいます。
親鸞聖人は、『教行信証』「行巻」(聖典第二版209頁)に、「大小聖人、重軽悪人、皆同じく斉しく選択大宝海に帰して念仏成仏すべし」と、示しておられます。偉大な聖者も、立派な人も、極重悪人も、ちっぽけな悪人も、助かる道は、ただ一つ、如来が選択して下さった功徳の大宝海に帰して、念仏して仏に成る道しか無い、と示しておられるのです。
『正信偈』には「等覚(とうがく=等正覚))を成り、大涅槃を証することは、必至滅度の願成就なり」と謳われています。すべての衆生が等正覚(とうしょうがく=如来に等しい覚り)を成り、大涅槃を証することが出来る根拠は、個人の努力にあるのではなく、如来が必至滅度の願(=浄土往生した者に必ず仏のさとりを得させるという願い)を成就して下さったからだ、と示されました。
人生は、過去で決まる、と思い込み、過去を悔い、現在を苦しみ将来はどうなるのだろう、という、誰もが抱いている不安を、根底から払拭して下さったのが、親鸞聖人の先のお言葉です。
自力を頼み過去の経歴にこだわる心を棄てて、念仏申す身となれば、この先何があろうと、必ず浄土に生まれ、仏と成る事を約束された人生を、共に生きて往ける、と信じられる世界が開けます。人生は未来によって決まる、という現在を賜るのが、浄土の証です。「必ず滅度(=生死の迷いを超越した悟りの境地)に至る」という、確かな未来を、疑い無く信じられると、すべての後悔、苦悩、不安が、御恩に変化します。
苦悩の過去が無かったら、浄土を願う身には成れなかった私です。つらかった過去も、現在の苦しみも、未来への不安も、すべてが、私を浄土に向かって歩ませる、無くてはならない動機だったのです。そのことに頷けば、後悔と苦悩と不安に満ちた私の生活が転ぜられ、精一杯努力せずにはおれない、報恩の生活が始まるから不思議です。
この法語は、わずかに13文字で、浄土真実の証を表しています。仏教用語を用いずに、聞く者が、深く思いを回らし、なるほどと、頷き、過去の束縛から解放され、明るい未来に向かって歩み始める現在を賜る、深い不思議な言葉です。
「信に死し 願に生きよ」と示された曽我量深先生の言葉と同様に、聞く者が、永遠の未来に向かって歩み出す、力を賜る言葉です。
藤代先生は、明治44年福岡県田川郡糸田町の伯林寺の生まれで、日中戦争からの帰還後、お寺を弟様に託し、京都に移住されました。曽我量深先生がGHQから公職追放処分を受けられると、大谷大学の職を辞し、曽我師の随行(ずいこう=目上の人のともをし、つき従って行くこと。また、そのともの者)として、伝道の旅を続けられました。平成5年4月、旅先の江田島市明慶寺で、82歳で入寂(にゅうじゃく=僧侶が亡くなること)されました。
従軍体験の苦悩を縁として、寺を出て、住職を辞し、一生かけて曽我先生の教えを聞思し、選択の大宝海に帰して、念仏成仏された藤代先生の遺教が、この法語です。
樋口 不可思(ひぐち ふかし)
1951年生まれ。九州教区八女組淨圓寺住職。
東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載
※ホームページ用に体裁を変更しております。
※本文の著作権は作者本人に属しております。
◎あけましておめでとうございます。旧年中は何かとお世話になりありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年度の法語カレンダーのテーマは、昨年に続き「宗祖親鸞聖人に遇う」です。親鸞聖人のみ教えにふれた先達のお言葉を通して、あらためて宗祖に出遇っていただきたいと願い、13点の法語を選定されたとのことです。(カレンダー裏面参照)
一年間ともに味合わせていただきましょう。
合掌
