今月の法話

［法話］

アメリカ軍が、シリアの軍事施設を攻撃したというニュースが飛び込んできた（2017年4月）。トランプ大統領は、科学兵器を使用したことに対する制裁措置（せいさいそち）であると主張している。おそらく次の、北朝鮮問題をも睨（にら）んでの措置であろう。日本も有事（ゆうじ＝戦争や事変など、非常の事態が起こること）に備えるという名目（めいもく＝事を行う際の表向きの理由・目的など。口実）で、法的にも戦争に向かって一歩一歩進んでいるように思える。未来は、世界中が殺し合いの暗闇に包まれていくようで重い。一体そんなことを、世界中の誰が望んでいるというのであろうか。

我々は二度の世界大戦を経て、もう二度と戦争を起こしてはいけないと誓ったはずである。「いのち、みな生きらるべし」、それが人類の根源的な祈りではないか。かって高史明（こうしめい）先生が「念仏よ興（おこ）れ」と叫ばれた。それ以来その言葉が、私のいのちの奥深くで鳴り響いてやまない。今こそ「名声（みょうしょう＝南無阿弥陀仏の名号）十方に超えて」世界中に「念仏よ興れ」、その念願一杯あるのみである。

『仏説無量寿経（大経）』では、人間の本性は貪欲（とんよく＝自己の欲するものに執着して飽くことを知らないこと）・瞋恚（しんに＝自分の心に逆らうものをいかりうらむこと）・愚痴（ぐち＝道理にかなっていることとはずれていることの区別がつかないおろかさ）の三毒（さんどく）の塊（かたまり）であると教えられている。そこでは、「田あれば田を憂（うれ）う。宅あれば宅を憂う」、「田なければまた憂えて田あらんと欲（ほっ）す。宅なければまた憂えて宅あらんと欲す」（真宗聖典五八頁）と説かれる。財産があればあったで苦しむし、なければなかったで苦しむ。我々はあるかないかしか問題にできないが、釈尊は、ものに執着する人間心を丸ごと阿弥陀如来の本願によって超えよと、誡（いまし）めているのである。

自国こそ良かれという思いに突き動かされて、欲をつのらせ、「いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ」が爆発して殺し合いにまでなっていくのが戦争である。それに世界中の人々が泣き、傷ついて平和を願った。しかし、その平和の内容は一体何であったか、戦後の日本の有り様は結局、豊かで、快適で便利に、健康で長生きくらいの、欲望の満足ではなかったか。

そう思うと『大経』こそ、実に確かな教えである。戦争は三毒の欲望が国家規模で爆発して殺人にまでなったもの、平和は三毒の欲望を享受（きょうじゅ＝受けおさめて自分のものにすること）して、人間としての尊厳を失った自殺行為ではないか。戦争にしろ平和にしろ、人間の欲の本性が情況によって両極にぶれただけである。だから平和憲法を掲（かか）げた日本人が、そのままの心で、また戦争へ突き進もうとしているのではないだろうか。

戦争と平和の狭間（はざま）で揺れ動く我々は、その後ろに隠れている自己執着の愚かさには気付かない。眼は世界中を見ることができても、自分の眼だけは見えないようなものである。それを見抜いているのは、人間を内に突破した仏の智慧だけである。その覚（さと）りが尽十方無碍光如来（じんじっぽうむげこうにょらい＝阿弥陀如来）にまで成ってくださった所に、法蔵菩薩（ほうぞうぼさつ＝阿弥陀如来が仏となる前に修行していた時の名）の兆載永劫（ちょうさいようごう＝限りなく長い時間のこと）のご苦労がある。その仏の智慧に貫（つらぬ）かれて宗祖親鸞聖人は、「煩悩具足の凡夫、火宅（かたく）無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなし」（私どもはあらゆる煩悩をそなえた凡夫であり、この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変わる世界であって、すべてはむなしくいつわりで、真実といえるものは何一つない）（真宗聖典六四〇頁）と、相対（＝対立）の思い込みを破られて絶対降伏したのである。そして、「いつもでそちらで自己執着を本（もと）にした相対分別で地獄を作り続けるのか、我が名を称（とな）えて我が国へ帰れ」という、如来の勅命（ちょくめい＝阿弥陀如来の命令）に従う者に転じるのである。そこにだけ戦争と平和の相対を超えて、如来の方から絶対幸福が来るのである。世界の人類に「念仏よ興れ」、そして如来の勅命に生きるものになろう。その念願一杯あるのみ。

延塚 知道(のぶつか ともみち)

1948年生まれ。大谷大学特別任用教授。日豊教区昭光寺住職。

東本願寺出版（大谷派）発行『今日のことば』より転載

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［註］『尊号真像銘文（そんごうしんぞうめいもん）』

　　親鸞聖人の著。浄土真宗の本尊である阿弥陀如来の尊号（南無阿弥陀仏）や祖師方の肖像画には、上部もしくは下部に、聖典の言葉を讃文（＝如来、祖師方を讃える文）として記入する場合が多くある。これを銘文（めいもん）という。こうした銘文を集めて解説されたもの。