松樹山、西善寺。大阪府大阪市福島区、真宗興正派のお寺です。

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今月の法話

2016年12月の法話

[12月の法語]

世のもろびとよ みなともに このみさとしを信ずべし

Let all the people in the world take refuge in this teaching.

[法話]

私は真宗の寺院に生まれ育ちましたので、「正信偈(しょうしんげ)」の結びの「どうぞくじしゅうぐどうしん、ゆいかーしんしーこうそうせー」という一行は、その漢文の意味を知るようになる前から耳で覚えていました。いつも「道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説」とゆっくり音読するところまでくると、お勤めの終わりの落ち着いた心持ちになります。「出家者も在家者も、みな共に同じ一つの心で、この浄土の七高僧(しちこうそう)が説き明かされた本願念仏の教えを信じて、一緒にお念仏しましょう」という勧(すす)めに促(うなが)され、導師の声に合わせてお念仏が出ます。

 

それに対して『和訳正信偈』の結びには、最初は少し違和感を覚えました。

 

 世のもろびとよ みなともに  このみさとしを 信ずべし

 

読誦(どくじゅ=声を出して経文を読むこと。読経。)する機会が比較的少ないせいもありますが、聞き方によっては命令的な調子にも響く「この御諭(みさと)しを信ずべし」という表現に、現代の多くの人が宗教一般に対して抱くような抵抗を感じてしまったのです。「ただこの高僧の説を信ずべし」と漢文を訓読(くんどく=漢文を日本語の文法にしたがってよむこと)した場合にも、同じような印象を受けたことがありました。ふりかえってみるとそれは、私の受けとめの方に問題があったのです。そのことに 気づかせてくれたのは、友人であり英語の先生でもあるピーター・ライトさんです。

 

イギリス人のピーターさんは、英語に訳された『歎異抄(たんにしょう)』を通して親鸞聖人の言葉、真宗の教えに出遇い、長年、真宗門徒として日本に暮らしています。真宗の教えを英語で表現する必要があるときには、私はいつもピーターさんに相談してきました。あるとき、私が学校で習ったとおりに、「信ずべし」の「べし」という助動詞を、「〜 すべきである」「しなくてはならない」という意味のshould を使って英訳しようとすると、それは違うのではないかとピーターさんが指摘してくれたのです。

 

ピーターさんの言うとおり、ここで親鸞聖人は「七高僧の説を信じなくてはいけません」と教条的(きょうじょうてき=原理・原則を絶対のものとする考え方)におっしゃっているのではありません。七高僧が説き明かされた本願念仏の教えによって救われた「無辺(むへん)の極濁悪(ごくじょくあく)=この世で果てしない欲望にとらわれた人々」の一人として、「ただ信じるだけでいいのです。一緒にお念仏しましょう」と私たちを励(はげ)まし勧(すす)めてくださっているのです。その意味で、鈴木大拙(すずきだいせつ 1870~1966仏教学者、日本の禅文化を海外に広く知らしめた)先生が英訳されているように「一緒に〜しましょう」という勧誘の表現Let us を用いた方が、助動詞should やmust を使うより適切だと気がつきました。

 

親鸞聖人が「信ずべし」とおっしゃるとき、その「べし」に義務のニュアンスはないように思います。『歎異抄』の第二章を結ぶ親鸞聖人の言葉には、そのお気持ちがよく表れています。

 

「詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいな り」

 (つきつめていえば、愚かな私の信心はこの通りです。この上は、念仏して往生させていただくと信じようとも、念仏を捨てようとも、それぞれのお考えしだいです。)

(真宗聖典六二七頁)。

 

自分の愚かさ、無力さを徹底的に思い知らされ、途方(とほう)に暮れるような経験を通して初めて自我が破れ、「ああ、ほんとうにこれしかないのだ」と思い至ります。親鸞聖人がおっしゃる「唯可信」「ただ信ずべし」という言葉には、その苦しみに満ちた過程が前提として含まれており、そこに共感するとき、私たちの心に確かな励ましとして響くのだと思います。

井上尚実(いのうえたかみ)

1959年生まれ。京都府在住。大谷大学准教授。東京教区光蓮寺衆徒。

 

東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載

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◎先月は当寺の報恩講法要へ多数御参詣くださいまして誠にありがとうございました。今年も師走となりました。この一年を振り返ってみますと、4月の熊本地震をはじめ各地で地震が頻発し、あらためて災害に対する準備を考えさせられました。またリオ・オリンピック、パラリンピックでは日本人選手の活躍が目立ち、10月には大隅良典氏がノーベル医学・生理学賞を受賞される等うれしい出来事もありました。あいかわらず変化が激しく先行きの見えない現在で、ともすれば不安になりがちな日常です。だからこそ、必ずすべての人を救おうと誓われた阿弥陀さまの本願を信じ、その願いの中で生かされていることに感謝し、お念仏の生活を送ってゆく、そういう一年であるようお念じ致します。合掌