2015年9月の法話
[9月の法語] 煩悩の嵐の中にも 念仏において 本願の呼び声が 聞えてくる 正親 含英 『念仏に聞く』 高倉同朋の会 昭和58年12月より |
[法話]
煩悩(ぼんのう)の嵐の中にも 念仏において 本願の呼び声が 聞こえてくる
煩悩の嵐に吹かれてここまで来たことは、紛(まぎ)れもない無い事実です。思い通りにいかないこととわかっていても、何とかその壁を乗り越えようと励む日々です。その多くは自身の欲望の満足のためと言っても差異はありません。浅ましい、お恥ずかしいと知りながら、そこから抜け出そうともせず、さらにもっとよくなる手だてがあるのではと、迷路に踏み込む私です。
しかしながら、私は幸いなことに、お寺に生まれ、幼少の頃から祖母に「お礼(れい)せえよ、お礼せえよ(=お礼をしなさいよ)」と言われ、本堂に、お内仏(ないぶつ=寺院で庫裏(くり)に安置した仏像)に参り、お念仏申していました。その頃は「お礼せえよ」が何のことかわかりませんでした。言われるままに本堂へ連れて参られ、まずご本尊阿弥陀如来さま、ご開山(かいさん=宗派の祖)親鸞聖人、続いて蓮如上人、さらに余間(よま)の七高僧さま、最後に聖徳太子さまそれぞれに手を合わせ、お念仏を称えて本堂からお内仏へ、それでお礼が終わります。明治20年代生まれの祖母は、それが日課でした。その当時の山陰地方では、そうだったようです。妙好人(みょうこうにん=行状の立派な念仏者。特に浄土真宗では篤信の信者をいう)・浅原才市(あさはらさいち)さんもそのように本堂でお参りしていたと、才市さんの地元、温泉津の西楽寺の古老(菅原真成さん)から聞きました。
あらゆる煩悩を欠くことなくそなえている(煩悩成就)私であると気づいた才市さんは、
さいちゃ ぐちをおこすだ ねんぶつ もうせ ぐちも ほとけになるそうな ともにつろうて(つれて) ねんぶつもうす こがあな(こんな)よろこびゃ これがはじめて さいちらちゃ(達は) ええことだ 如来さんのよろこびゅ(を) もろうて そりゃ 如来さんと おるだもの(一緒にいるから)
とうたっています。さらに
「あさましや あめのふるほど つみ(罪)がふる 六字のうえに ふるつみは つみはふれども みなきえる なむあみだぶに てらされて」
と、どうしようもない煩悩まみれの身ではあるけれども、本願念仏に照らされて、煩悩のあるがまま喜ばせていただいています。
称(とな)うれば 罪も障(さわ)りも 春の雪の 降りつつ消ゆる 心地こそすれ
(利井鮮妙師)
称名(お念仏を称える)は五正行(ごしょうぎょう)の中でも一番大事です。五正行は、読誦(どくじゅ=浄土の経典を読誦すること)・観察(かんざつ=心をしずめて阿弥陀仏とその浄土のすがたを観察すること)・礼拝(らいはい=阿弥陀仏を礼拝すること)・称名(しょうみょう=阿弥陀仏の名号(みょうごう)を称えること)・讃嘆供養(さんだんくよう=阿弥陀仏の功徳をほめたたえ、供養すること)です。前三後一(ぜんさんごいち=前から三つと後から一つ)は助業(じょごう)で、四番目の称名は正定業(しょうじょうごう=必ず極楽往生を保証する行為)です。ほかの四つはお念仏が称えやすいように助けているはたらきだと言われています。まさにお念仏申す身にならせていただけば、罪障(つみさわり)りの多い身ながら、ちょうど春先に降る雪のように、地面に落ちてもすぐに消えてしまうのと同様、煩悩の起こるさまを見ては、お恥ずかしい、浅ましいと気づかせていただくことができます。それがまた、ありがたいのであり、もったいないのです。念仏者の日暮らしは「慚愧(ざんき=恥じ入ること)・歓喜(かんぎ=宗教的な喜び)・報恩(ほうおん=阿弥陀如来の御恩に報いること)」の繰り返し、循環(じゅんかん)と申せましょう。
藤実無極(ふじみむごく)
本願寺派布教使、滋賀県彦根市報恩寺住職
本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載
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